彼が赴任してくる前のうわさ。

彼は、婚約して、1年後に結婚する予定だと。

婚約者は、同じ大学の女医であること。

とっても綺麗な知的な女性であると。

それが私に拍車をかけたことは、今更、否定しない。

私、葵にも4年越しで付き合っている男性がいたし、ちょっと、遊んでみたい、

火遊びしてみたい、そう思っていたことは否定しない。

本気にならない恋...

燃え尽きる恋...

そんな、恋が、したかった。

はじまりは、ただ、それだけ...



私は、卒業2年目の看護婦。

彼は、内科医になっての2年目。

今まで何人もの若い医者が、ここへ来てはまた、去って行ったことか。

彼もきっとそんな医者の一人…そう思い込んでいた。

でも、心の行方は、わからない。どういう風に落ちていくのか、その時は、誰も、知らない。

彼をはじめて見たのは、真冬の午後、弱い日差しが差し込むオフィスの中

上司に連れられ、眼鏡を直しながら、私達の前で後ろ手を組み微笑んでいた。

あの時 私は、食べかけのアイスクリームを背中に隠し、上司が彼を紹介する間

そのことばかり心配していたが、知らないうちに、彼の優しい笑顔に、目が離せなくなっていた。

彼も、口角を上げた笑顔のまま、私の眼を見ると、しばらく眼鏡の奥から見守った。

それが、はじまり。