No ride,No 【life】. @FukadakeBase -44ページ目

No ride,No 【life】. @FukadakeBase

基本的にはバイク好きのネタですが
一見、道楽者に見えていながら
妻の精神的疾患を支える難しさなんかも書いています。

いろんな角度から見える「命・人生」がテーマです。

ロング?ツーリングなのか

ロンリーツーリングなのか

そいつを終えてからの話。

【バイク離れ】

もう、18才を迎えていた。




車の免許、どんな車に乗るか?

そんな話で友達は盛り上がっていた。




おれはそこまで車の免許が欲しいとは思わなかった。

車の免許を諦めて、中免を取らせてもらった都合もある。




だけど、日に日に皆で集まるときに

バイクから車へと変わる友達が多くなっていった。


夏の暑さが終わって、秋の涼しい風がふきはじめていた。

東北の冬はバイク乗りにとってはつらい季節。



冬でも道路に雪がなければバイクには乗ってたけど


それでもやっぱり冬は辛い。



そんな冬を前にして、爺ちゃんが

おれに車の免許を取らせてやると言ってくれた。


また車の免許を取りに、中免を取った教習所へ通う。


学科がないし、卒検さえ終われば免許の書き換えに行くだけ。


でも何か、面倒だった。


初めの頃は一生懸命通ってたのに、キャンセルも多くなった。

バイクと違って、車は操作そのもので、何かすごく優等生な感じがした。



それでもなんとか免許を取った。

車なんて面白くないと思っていた。

でも現実は違った。

音楽を聞きながら、飲み物を飲みながら

友達と話しながら、道を走れる。

バイクの孤独さとは相反する楽しさがそこにあった。

雨だろと、雪だろと、暑くても、寒くても

その快適さは変わらずに。


そんな快適さに捕らわれて、バイクに乗る機会がほとんどなくなっていった。

知らない土地の知らない景色を求めるには、バイクでなくても可能だった。

むしろ都合がいい方が多い。


そっから、25歳になるまでおれはバイクから離れた。

真夜中のタンデムツーリングから

どの位経ってからだったか

もうほとんど曖昧な記憶。

【独りでロンツー?】

この頃親父が単身赴任で盛岡にいた。

週末には帰ってきてたけど

盛岡にアパートを借りていた。

そんな中、おれは一人暮らしの練習と銘打って

夏休みにそのアパートまで

今思えばロングとは言えないけど

ツーリングする事にした。




確か前日までびっちりバイトして

給料日の次の日から休みをもらって

出掛けたような気がする。




当時、ツーリングって言っても

せいぜい隣の県までの日帰り位だったから

着替えを含めた荷物を持ってツーリングなんてしたことがなかった。




夏休みに入る前に友達から

ポーターのデカいリュックを借りていて

それに荷物を詰め込んで

独りで初のロング?ツーリングに出掛けた。




金は無いけど、時間はあった。

高速を使えば、一時間ちょっとで着く。

でも、経費節約で下道を地道に走ることにした。




裏道を通れば信号もなく

かなりのペースで走れたなと今は思うけど

当時のおれはそんな道を知らず

バカ正直に国道4号線を北上するルートを選んだ。




凄く暑かったような気がする。

若いときって、格好にしても

バイクに乗るっていうもんじゃなく

Tシャツにジーンズの軽装。

そういう意味でも、今のおれがバイクで走る事に対する

気構えというか、意気込みというか

そういうもんは全然違うなと感じる。

今はツナギでフル装備だもん(^◇^;)




途中休憩しながら行ったと思うんだけど、その記憶もない。

ただひたすらに、目的地を目指して走った

という記憶しか残ってない。




たかだか三時間ちょいだろうか?

それでもその時間は物凄く長いものに感じた。




独りでツーリングするってのは

こんなにも孤独で、長いもんかと思った。




自由というものは、同時に責任を伴う。




公道で走る以上、その責任ってのは当たり前の事なんだけど

何かを起こしちゃいけない、巻き込まれてもいけない

そんな思いばっかりが頭を埋め尽くして、ただただ、緊張していた。



ようやくの思いで着いて、夕方親父が帰ってくるのを待った。


親父が帰ってきて、ひと通りの部屋の説明を受けて


親父はうちに帰っていった。



さぁ、今夜は一人。



といいつつも、実は友達を呼んでいた。




まぁ寂しくなるのは予想できてたし、保険だったのかもしれない。


その日の夜は、その友だちをタンデムして近所のスーパーまで買い出しに行って


二人で何やら、わからない料理を作り、酒をちょっと飲みながら


レンタルしてきたビデオを見て過ごした。


一本だけ覚えてるのは「シックスセンス」。ほかは忘れた。


滞在は2泊3日の予定で初めの日の夜は終わった。


この文面では、おれにしかわからないであろう


「悲しきASIAN BOY」な夜だった。



2日目、友達が帰っていった。


なんか、その感覚が余計に寂しくて、その日の午後、実は帰路についた。


親には2泊と言ってあるし、なんか帰るのが恥ずかしい気もした。


でもまずは地元を目指して走った。



途中、雷が鳴り始めて、空はみるみるうちに暗くなった。


寂しい気持ちにシンクロしてか、大粒の雨まで降りだした。


コンディションは最悪。


雨の中を走ったことはあったけど、ここまで長い時間雨に打たれながら走ったことは無かった。


帰り道は休憩しない。止まればなんかヘナヘナになってしまいそうで


最後まで走りきった。


ちなみにカッパは持ってなかったので、文字通りのずぶ濡れ。


3時間ちょい走り続けて、濡れて冷えた身体と、寂しい心で


地元のいつもみんなで集まる公園のトイレに避難した。



誰かに会いたかった。


電話したのは夜中にタンデムした友達の家。


まだ帰って来ていなかった。


何時間かトイレの屋根の下で雨宿りをして、友だちが家に帰るのを待った。



独りって自由だけど、独りって、ホントに独りなんだなって思う。


まだまだケツの青いクソガキだったんだなって思う。



また電話して友達が帰ってきたのを確認して、その夜は友達の家に泊まった。



独りで行ったツーリングの話や、親父のアパートで友だちと過ごした話。


寂しくなって、雨に打たれながら、帰ってきた話。


そんな話をきっとしたと思う。


ハッキリとは覚えていないけど。



さぁ、ダラダラと書きました。


ツーリングで大切なもの、それは帰ってくるということです。


ツーリングの先で、どんな思いをしても、その話を聞いてくれる友達や家族。


そんな人のもとへ帰ることが最大の目的なんだなって。


この話を思い出しながら、つくづく思うのでした。








またひとつ思い出したストーリーを。


【真夜中のタンデムツー vs アベニール】


中学時代に好きだった子がいた。


まぁ、誰にでもよくある話だと思うけど


大抵が高校への進学で進路が違えば自然に薄れていくもんだ。


おれの場合もそれに当てはまっていて


高校へ進めば、進んだ先に新たに憧れが発生した。


そんな中だったんだけど、中学の時に好きだった子と


一番初めに中免をとった友達がいつの間にか付き合っていて


その日の夜にタンデムで海までツーリングに行くって話を聞いた。




今思うと、なんか変態じみていて、ストーカーみたいで気持ち悪いことしたと


猛烈に反省してるんだけど


10代のおれにはそんなことを考える事ができずに


ただただ、興味が湧いて、幼なじみを後ろに乗せて


前に書いた二人が行っているであろう海へ


真夜中のタンデムツーに出かけた。




夜の静寂の中、自分と幼なじみを乗せたバイクのエキゾーストだけが響きわたっていた。


夜のツーリングってのもなかなかいいもんだなぁなんて思いながら、目的地の海岸を目指した。




途中、コンビニに寄ったりしながら目的地に到着。


目的の二人が乗ってきたバイクはそこにあった。


まずは身を潜めて、遠くから二人の様子を窺う。


と、ここでおれ、なんかこれは間違ったことをしているなと強く思った。


居るっていうことを知らせずに、こうしていることがアホくさくなって。


二人に声をかけて、帰ることにした。


結局何しにきたのかわかんなかったけど、ここまでの道のりも楽しかったし。


まぁいっか!


振り回された幼なじみにしたら迷惑だったかも。。。




さて、青春を楽しむ二人を残して、帰路につく。


ゆるやかに、しっかりと。




帰路の後半に、川沿いの幾分細かなコーナーが連続した区間がある。


ここで前に1台の車。


当時、何故か若干流行っていた?アベニールだった。


色は白。


それまでのペースでは、すぐに後ろに追いついてしまった。


あんまりプレッシャーをかけるのは良くないと、少し離れて様子を窺う。


ましてや、今日はタンデムだし、無理なんか出来る状態じゃなかった。




このアベニールはたぶん、無理したと思う。


あからさまにペースを上げだした。


お、なんかスムーズな流れに戻ってきたな。


そのくらいの気持ちでペースに追従する。


でも、コーナーは遅い。


立ち上がりもいくらこっちがタンデムでも遅い。




たまらず追い抜いた。




その後は明らかに向こうが頭にきている様子が見えた。


センターラインを割り始めるし、なんかますます余裕が無さそう。


まぁ、気にせず走る。


けど、どこまでも追いかけてくるんだね。


でもなんだろな、プレリュードの時みたいな鬼気迫る感じはなかった。


とにかく、おれ自身が楽しめていた。


引き離し過ぎないようにしてみたり、直線で一気に加速してみたり。




気づけばおれらは家のそばまで来ていて


アベニールもどこの人だか知らないけど、付いて来てた。


きっと、つられて知らないとこまで来てしまってるだろうなと思った。




どうやって終わりにしたか覚えてないけど


なんか楽しかったんで、クラクションで合図してじゃあね~って終わったと思う。




そっから、幼なじみの家に帰り、こたつで寝た。


これで終わりのたいして面白くもない話です。




でも、この幼なじみ、それから数年して、車の事故で死んじゃいました。


こいつはバイクにいかなくて、車の走り屋を目指してました。


自分の命を守る術が、足りなかったんだろうと思います。




あの夜の出来事を、現実の世界で覚えているのは自分だけになってしまった。


すんごく楽しくもないけど、でも大事な思い出の一つです。



車もバイクも、死んだらいけない。殺してもいけない。


それは当たり前の大前提です。




今、幼なじみはバイクで走るおれを見てどう思っているんだろう?




幼なじみの存在は目に見えないけど、おれを守ってくれている存在の一つであると


日々感じています。