富山ツーリングから2カ月位経ってからの話。
チームの最高顧問には息子が居て、その息子もチームに入っている。
これから書くのはその息子の結婚式の翌日の話。
【最高顧問】
うちのチームが最高顧問と呼ぶのは、その人がもう50代の半ばを過ぎていることと
いつも冷静な助言をくれること、そして何より、どんな道を走らせても、右に出る者が居ないほどの手練れであることに由来するとおれは思う。
おれをチームに誘ってくれた、あの人も、最高顧問の申し子で、物凄く速い。
それでも、最高顧問にはかなわなかった。
その息子の結婚式。
チームのメンバーも招待を受けて、余興のビデオ撮影をしたり、流れの確認打合せをしたりして当日まで過ごした。
当日は皆でツナギを着て、ヘルメットをかぶり、グローブとブーツをはいて余興に出た。
きっと会場にいたほとんどの人達が、走り屋まがいのメンバーを、そういう人種を初めて見たんじゃないだろか?
それなりに盛り上がって、余興は成功。
二次会も参加して、結構飲んだ。
でも、次の日、実は山形のチームが前回の人数を上回るメンバーを連れて
うちのホームコースへ交流しに来る予定があった。
最高顧問はそれを楽しみにしていた。
と言うのも、当時、ZZR1100に乗っていた最高顧問が、ZX-6Rを増車して
その走りの違いに魅了されていたのと
前回、申し子が負けた状況とかが、きっと何か熱くするものがあったんだと思う。
いつもより酒を控えめにしていたとこからも、相当の気合いだったんじゃないだろうか?
そして迎えた翌日。
当日は峠の麓の駐車場に集合する約束だったが、前日の深酒がたたって、おれはなかなか起きられなかった。
起きてすぐも気分的にもすぐれず、準備もモタモタしてしまう。
外は9月も中頃なのに、変な暑さだった。
変な胸騒ぎというか、イヤな予感がした。
今日は無理しちゃいけない日だなと、自分に言い聞かせた。
そうこうしているうちに、集合時間に間に合わないと気付いて、メンバーへ次の目的地に直接行くと電話した。
気分が乗らなくて、目的地までもローテンションを維持したまま向かう。
幸い、次の目的地となっていた場所への予想到着時刻の10分前くらいに着くことが出来た。
二日酔いから来るのどの渇きを、スポーツドリンクで潤しながら、皆の到着を待った。
ところが、時間を過ぎても誰1人として来ない。
胸騒ぎがして、メンバーへ電話する。
最高顧問が転んだ。
その話を聞いても、今一つ実感が湧かない。
何であの人が?
とりあえず、おれもそっちへ向かうと告げて、現場を目指す。
どのコーナーだ?
その現場を想像しながら、ひたすら走った。
随分下ったところで、バイクが沢山停まっているコーナーが見えた。
三台のバイクが転んでいた。
中には寝そべって起きられない人もいる。
ここだ!と思い、バイクを停めて、最高顧問が転んだところかと聞いた。
中にいた人に見覚えのある顔があった。
前回交流して、ツーリングを引っ張ってくれた山形のチームの人だ。
その人に駆け寄って、また聞く。
ここじゃない、もっと下ったところだと教えられた。
ここでは、山形のチームの人が転んでいたのだった。
まず、どうすることも出来ないので、ちょっと下っていってみますと言って、また下り始めた。
何だ今日は、やっぱり何かおかしいぞ。
朝起きて感じた予感が、何の根拠もないものでは無かったと実感した。
もし、普通に集合して、一緒に走っていたなら、おれがこうなっていた可能性もあった。
そんなことを考えながら注意して下る。
ようやく見慣れたメンバーと、パトカーが居るところが見えた。
ちょっと下ったスペースでUターンして、現場近くにバイクを停める。
近くに寄っていくと、最高顧問の姿はなく、残ったメンバーのひとりが、現場検証というか
警察による聞き込みに応じていた。
聞けば、最高顧問は、転んだ後少しの間気を失っていて
起き上がると、体の痺れを訴えて、救急車を呼んでくれと話して、病院に搬送されたらしかった。
一通り事の流れを説明したところで、パトカーに無線が入る。
「ここからちょっと登った所でも、バイク事故だってさ」
紛れもなく、今おれが見てきた事故の事だろう。
警察はそちらへ向かうと言って、登っていった。
改めて、現場の傍らに停められた最高顧問のバイクを見る。
さっきのその瞬間まで、新古で買ったピカピカの車体が、見るも無惨な姿になっていた。
登ってくれば右コーナー。
ヘアピンだけどRが大きくて、スピードが乗るのがこのコースの特徴。
右コーナーに対して、右側がほとんど削れていた。
状況からして、スリップダウンだと思う。
フロントホイールは歪み、後から聞いたが、フレームもヒビが入っていたらしい。
よっぽどのスピードだろう。
メンバーがその車体に跨がり、麓にある別のメンバーの家まで、転がしていった。
その後ろを走ったが、事故ったバイクは、真っ直ぐ走ることすらままならず
歪んだフロントに振られるように、小刻みに左右に揺れていた。
当然この日は走るのを諦めた。
こんな事が起きた以上、その日は走る気になんか到底なれなかった。
気を付けて家に戻り、バイクをおいて、搬送先の病院へ向かった。
日曜日ということもあって、救急での診察になる。
同じ場所に、上で転んだ山形のメンバーも搬送されていた。
初めて顔を合わせる人が、待合室にいた。
本当はこんな所で会う予定では無かっただろう。
最高顧問は鎖骨を骨折していた。
その日のうちに入院となった。
おれの顔を見るなり、「ごめん、年甲斐もなくやっちゃった。」
まずは大丈夫そうだなと思えた。
病棟へ上がるエレベーターの中で医者と一緒になる。
「今日は何だ?何でこんなにバイクで転ぶ人が運ばれてくるんだ?」
誰にとも分からない、質問。
みんなが沈黙した。
結局、後日最高顧問は手術をして今も鎖骨にボルトが入っている。
その日、結局無事だった山形のメンバーがその後も走ったようだったが
さらに一人の負傷者を追加したらしい。
あの日の胸騒ぎは、今でも忘れない。
気分が乗らない日は、無理をしちゃいけない。
いつもと違う何かを感じたら、その感覚はたぶん正しいもんなんだろう。
メンバーの肋骨と、最高顧問の鎖骨を持っていかれた時におれは気付くべきだったんだろうな。
この辺はまた次に。
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