納車直後の悲劇をかわして、R1とのバイクライフは順調に滑り出したかに思えた。
ところが、人生で忘れることの出来ない日を迎えることになる。
【納車後1000㌔の悲劇】
忘れられない出来事は、8月の最終週、2度目の実家ツーで起きた。
この週の日曜日にフリースタイルモトクロス(FMX)の全日本選手権GOBIGの藤沢ラウンドが開催された。
前の年の藤沢ラウンドはちょうど盆休み中の開催で、実家から1時間弱の場所での開催だったので
帰省中に弟を連れて見に行った。
暑い中、繰り広げられる派手な技の数々に、ジャンルは異なれど
言葉に出来ないほどの感動を味わっていた。
この感動をメンバーにも味わわせたい。
その想いで、この週の実家ツーを企画した。
ただ、大会は日曜日の開催で、スケジュール的にも厳しかった為
土曜日にもしかしたら練習風景だけでも見られるかもしれないと
もしかしたら練習みれるかもツーとして企画。
メンバーの募集をかけたが、皆の都合が合わず、最高顧問と、大型免許取りたてのGSX-R1000とおれの3人のみの参加となった。
実はこのGSX-R君、まだまだ慣れないライダーで
ちょっと前におれの後ろを頑張って走行中にちょいとやらかしていた。
そういう背景もあり、また最大の目的はFMXの雰囲気を味わって、その日の夜に皆で飲むことにあった。
だから、行きの先導も、なるべく気持ちを抑えて
気持ち良くて、少し物足りないと感じる程度に留めておいた。
無事に途中でラーメンを食べ、会場に到着。
はじめはフリー枠の走行練習が行われていて
幼稚園児と思われる子が、淡々と走行しているところを微笑ましく見ていた。
計算通り、FMXの練習も組まれており、本番の大きな技までいかなくとも
バックフリップや華麗なウィップなど、目を見張る技にみんなが満足しているようだった。
FMXの練習も終わり、喉も乾いてきたので、実家へと案内する。
無事にこの日も乾杯することが出来た。
これがツーリングの醍醐味だと、帰りも無事に帰ろうと皆で杯を交わす。
次の日の朝、いつもと同じように、バイクを軽く洗車して、帰りのルートを相談
前回の実家ツーで往路として選択したルートを、帰りのルートにした。
実家を8時過ぎに出発して、途中ガソリン補給をしながら
メインとなる峠を目指した。
峠の麓にある道の駅
前回ナンバーを落として、警察に電話で相談した道の駅。
ここでこれからのワインディングに備えて、少し長めの休憩を取った。
天気が良かったこともあって、周りにも数台おれら以外のライダー達が居た。
ライダー同士、お互いのバイクを眺めあいながら、話しかけなくても大体の趣向は理解できる。
巨峰ソフトを食べ終えて、ようやく峠を登りにかかる。
道の駅を出てすぐに、後ろから数台のバイクが来るのがわかった。
はじめはコーナー2つ分くらいに離れていたが程なくして、すぐ後ろまでに迫る。
途中から細い山道に入る、前に車がいて、後ろにGSX-R君を連れているおれは
ここで無謀に追い抜いたりしたら、きっと慌てて大変だろうと、見晴らしのいい直線まで抜くのを我慢する。
後ろのGSX-R君を見ているようで、実はその後ろの最高顧問の更に後ろを気にしていた。
後ろからある程度の勢いで近づいてきた連中だ。
しばらくは、相手の様子を窺う。
おれは、まず堪えに堪えて、平静を装いながら、相手の出方を観察する。
また車が前にいて詰まる。
よく見ると、相手の連中は6台くらいのマスツーだった。
中でも先頭を走るライムグリーンの勢いがいい。
おれが直線まで我慢して抜いている後ろで、コーナーだろうとお構いなしに
それこそ後ろの連れなど構わぬ様子で車を抜いてくる。
この感覚、以前に禁煙した時期があったんだけど、そのときの喫煙者を見る感覚に似ている。
おれは我慢して走っているのに、先頭のあなたは何故そのように走るのか?
そういった感覚に心のなかはグラグラと揺れていた。
ここでカッとなって行ったら、マズイな。
どこかで端によって、合図を出して先に行かせようか。
そんな時におれの横を手を上げて、追い抜いていくライムグリーン。
普通の心理状態なら、それを挨拶と解釈できたかもしれない。
ただその時のおれの心理状態では、あざ笑うように抜き去ったようにしか見えなかったのである。
未熟だった。
そう、何もかもが未熟だった。
精神的にも、バイクの技術的にも。
そしてくだらない傲りがあった。
YZF-R1に乗っているんだ。
負けてたまるか。
後ろ姿を見た次の瞬間には、スロットルを大きく捻る自分が居た。
その背中を逃すまいと、躍起になっている自分が居た。
納車後まだ1ヶ月ちょっとで、まだ1,000㌔を走ったか走らないかの頃。
R1にも慣れているわけもない。
相手も相当な手練だった。
はじめはこちらの様子を窺うように走っていたに違いない。
コーナーの中で確実に相手との距離は詰まった。
コーナーで追いつくという事は、ライダーにとっては嬉しいことだと思う。
勘違いに勢いがつき、何のゆとりもない、自分のレベルを大きく超えた域へ誘われる。
それはあからさまにではなく、本当に手招くようにゆっくりとペースを上げただろう。
徐々に徐々に、自分の限界をいつの間にか超えている。
限界を超えたと気付くとき、まるでスローモーションのように世界は流れる。
一体何をしたらいいのか?何をすべきなのか?どんなくらいの加減なのか?
そんなことを考えている余裕など全くない、タダの空白の時間が訪れる。
おれの場合、ゆるい左コーナーを抜けた先の、急にきつくなる左コーナーだった。
「曲がれない」
こう思い込むと、その時間は始まる。
無意識にブレーキを掛ける動作は行われる。
その加減はこれまで長くにわたって染み付いたVTRでのブレーキングになる。
プアーと言われたVTRのブレーキで、こういう場面での感覚は、フロントは思いっきり握り、リアも同時に踏み込む。
単に下手なだけ、そう言ってしまえばそれで終わる。
R1でそれをやってしまえばどうなるか、激しくノーズダイブが起こり、容易にリアの荷重は抜け
リアのホッピングを誘発する。
リアをロックしている感覚があると、余計に何も出来ない状況へ追い込まれる。
速度を落としたいのに落ちていないような感覚だけが沸き起こり、曲がれないという先入観に囚われる。
あとは祈るしかない、ほんとにそういう感覚だ。
何をやってそうなったとか、入力に対する出力を冷静に解析して、入力の調整をすることが出来ない。
向かう先に、ガードレールではなく、ワイヤーが張られている。
それがまるで迫ってくるのではないかと錯覚するほどに、パニック中は何も出来ない。
あとは何が起きたかよくわからない。
リアが大きく外側にスライドして、真横を向くと、次の瞬間にはものすごい勢いで放り出されていた。
ヘルメットのシールドが路面を擦っている。
路面をこんなに近くでシールド越しに見たことが無かった。
何か音とかたぶん物凄くしたんだろうけど、そんなの聞こえなかった。
滑る身体が止まるとすぐに、起き上がり、自分のバイクを探した。
数秒前まで、中古でやっとこ買ったけど、傷一つなくて、ピカピカだったR1。
どんなバイクよりおれの心を掴んで、憧れたR1。
たったそれだけの短気で、未熟なおれは、そのピカピカした憧れを壊してしまっていた。
オイルを流しながら倒れるR1。
駆け寄って、起こそうとするが、肩に激痛が走って起こせなかった。
起こしてやることも出来なかった。
すぐに、おいてきた最高顧問とGSX-R君も現場に着く。
本当に迷惑をかけた。
楽しいはずのツーリングが、一瞬にして台無しになった。
おれはこの日を一生忘れない。
この日に生命を奪わずに、生かしてくれた神に応えるためにも
走り続ける必要があると心に決めた。
と、大袈裟に聞こえるかもしれないが、バイクで事故を起こせば、簡単に死んでしまうかも知れない。
そういうリスクを背負ってでも、走るということはどういうことか。
それを学ばなければいけない時だったんだと思う。
上手くなりたい、ずっと走っていたい。
この時強く思った。

