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No ride,No 【life】. @FukadakeBase

基本的にはバイク好きのネタですが
一見、道楽者に見えていながら
妻の精神的疾患を支える難しさなんかも書いています。

いろんな角度から見える「命・人生」がテーマです。

さてさて、ここまでの流れでようやくこのシリーズも

現在と記事がリンクするところまで来ました。

憧れだったR1をようやく手に入れて、1000キロ走ったか走らなかったか位で転倒。

同じ過ちを繰り返さぬように、シーズンオフ中に反省と、イメージトレーニング。

そしてついに、今シーズンは始まった!


【今シーズン初峠】

つい先日の土曜日、前日は会社の飲み会だった事もあり

さらにこの日は、空港までかみさんの両親を送っていく任務もあった。

朝はやっぱり起きられず、今日はこのまま乗れずじまいかと思っていた。



昼前にかみさんの両親を送っていって、その帰りにかみさんと子供たちと昼飯を食った。



なかなか暖かい日で、途中で何台かのバイクとすれ違う。

そんな中で、乗りたい衝動は膨らんだ。

昼飯を終えて、車のディーラーへオイル交換と、点検に寄った。

終わったのがたしか、2時ちょい過ぎだった。

家に帰っても3時前。

まだ乗れるな( ̄ー ̄)ニヤリ



家に帰ってすぐ準備をして、ぷらぁっとそこら辺走ってくると言って、家を出た。

いくらか暖かくなってはきたと言え、気温は5℃位。

山はまだ無理だろうと初めから諦めてはいたが、ただぷらぁっと出掛けても

おれって行くところないんじゃない?って気付く。

そして、気が付くと、結局はいつもの峠を目指してしまっている。

いやぁ、まだ雪が残ってるかもしれないし、気温が低いよと

自分に何度も言い聞かせるけど、何だかんだで、峠の麓まで行ってしまう。

ゆっくり上がって、路面がヤバくなったら戻ろう!

結局お決まりコースを走り始めた。

思ってた以上に、路面の状態は良かった。

どんどん登って行くと、確かに道の脇の雪は多くなったが


それでも走っている路面上に残る雪など無かった。



どこで戻ろうか?考えているうちに、いつものコースを一部短縮しただけで


結局最後まで走り切ることができた。



寒い中で山の途中にある温度計で0℃という、まだ少し春は先かと思う状況であったけど


シーズンの到来を感じるには十分だった。


そして、今までやっていたイメージトレーニングっていうものでは出来ていたことが


やっぱり実際の操作系であったり、流れそのものが結構難しい。



今シーズンの課題を意識することも出来た。



なによりR1が吠える音がおれには何より嬉しかった。


アイドリングで吹かして聞くのと、走りながらじゃやっぱり違うな。



来週タイヤ交換して、もうちょい暖かくなってきたら本格的に練習しよう!



シートレールの微妙な曲がりを除いて、まずは修理は完了した。

チームの走り納めラーメンツーにも無事に参加できた。

去年のシーズンはこうして幕を閉じた。


【頭で走る】

別の記事でも確か書いたことがある気がする。

バイク以外にこれといって趣味のないおれにとって、秋田の長い冬は辛い。

ましてや、事故起こした年の冬。

修理にも、また新しいグローブとヘルメットを購入するにも大分金がかかった。

反省するにはいい期間だったのかもしれない。

毎日「ライテク」やら、「バイクの乗り方」なんかで、ネット検索して

いかに安全に、いかにマージンを取りながら

スポーツライディングする事が出来るか。

ほとんど毎日、仕事が終わってうちに帰るとこの事ばかり考えた。

何であそこで転んだのか?

どうすれば繰り返さないか?

まず一つに精神的な部分の改善というのか、他人と比べて自分を計る事であったり

過剰な自信や、無用のプライド、楽しむゆとり

そんなものが欠けていた自分を反省した。

昔から言い続けられている、「短気は損気」、「後悔先に立たず」

すごい言葉だなぁと思った。

ただ、いつまでも過去の失敗に捕らわれてばかりじゃいけない。

人は失敗から成長しなきゃいけない。

マイナスをプラスに変える発想の転換。

もともとポジティブなおれにはこの辺は大丈夫だった。

もしもあの時、あのタイミングで、あの場所で、あの転び方でなかったら

もしかしたら、大変なことになっていたかもしれない。

こうして自分の走りや、走りに関わるメンタルを見直すチャンスを

与えられたんだと考えると、高い授業料ではあったけど

今後もバイクに乗り続けるために必要な事だったと思うことが出来た。

全てを次に繋げなくてはならない。


そんなときにあるHPに辿り着いた。


そこに書かれていたのは、いかに安全にバイクで走って楽しむかということで

おれが次に目指そうとしている、上手い走り方に実にマッチしていた。

様々な記事を読むうちに、あまりに自分の考えとシンクロする管理者の考え方に

感動というか、感銘というか、とにかく抑えきれない感情がわいて

一通のメールを出した。

現在の状況に至るまでの経緯、自分が思い描く理想のライディングとのシンクロとか

それはまぁ、取り留めもない非常に読みにくい文章だったと思う。

返事が欲しいとか、何かを教えてほしいとか、そういう想いはちっともなくて

ただただ、記事を読んで感銘を受けたと伝えずにいられなかっただけだった。

その後、返信が届いた。

ここから、毎日一通ずつのメールのやり取りが始まった。

バイクが曲がるという本質の理解から、その本質を活かした操作方法まで

事細かに、どこの馬の骨とも知れないおれにレクチャーしてくれた。

ネットの世界をバカにしていたわけではないけど、ブログだとか、そういうものに書かれた言葉を

どこかで信じられずに、誰かの勝手な想像ばかりなんだと思っていた。

でも、中には本当に有用な情報を、ほとんどボランティアの精神で

誰か迷える人に読んでもらえたらと、本気で書いている人もいるんだ。

ネットの世界も捨てたもんじゃないと思うきっかけを同時に与えてくれた。

その方からのメールを読みながら、毎日頭の中で走る。

操作に対するバイクの挙動をもう一度思い返しながら、頭の中で走った。

もうひとつ教わった大事なことは、ライディングというものの性質上とでもいうのか

ある人にはそれが最良の答えかもしれないが、それが自分にとっての最良ではないかもしれないということ。

教科書的にただ覚えればいいというものではなく

それを自分なりに解釈して、実践して、おかしいと思うところを

自分のものへと消化して、吸収しなければならないということ。

武道の言葉にある「守破離」。

この言葉の差すように、自分のライディングを構築するんだと教えられた。

まだまだおれは「守」すらきちんと出来ていない事に気付いた。

出来ていると思い込んで、いくらその上のものを目指しても、うまくいくはずがない。

出来ないのは基本から間違っているとしか言いようがないということも教わった。

本気で自分のライディングを振り返って、何が出来ていないのか考える。

自分の中にある不安要素。

それはブレーキングだった。

ブレーキング自体の下手さもさることながら

ブレーキングによる姿勢変化に対する不安。

これは、登りが得意に感じても、下りが不安だったことから気付いた。

ニーグリップという、もうバイクに乗ると決めてから、幾度となく聞いて

教習所でも何度も耳にたこが出来るくらい聞いた事。

ただ、ニーグリップの本質が単にタンクを抑えることじゃなく

下半身でマシンホールドし、上体の姿勢を安定させ、腕に余計な力が掛からないようにするという

本来の目的というか、あるべき姿が抜けていた。

ブレーキングで前のめりになり、減速Gを腕で受け止める。

腕を介して、ハンドルの振動が大きく伝わり、何もすることが出来ないという状況を

自分で作り出していたんだと気付いた。


この気付きは大きい。


なんせ、頭で理解しないと、不安だったり、出来なかったりと


感覚の世界でなんでもやってのけられてしまうような天才とは大きく違う自分。


自分が不安に思うことを、理屈付けて理解できると、不思議と不安がなくなる。


下手だからこそ、理屈を学び、実践を繰り返して、少しでも上手くなろうとする。


このSTEPの第一歩が、このシーズンオフで始まった。


イメージトレーニングがメインになるけれど、ネットのいろんな記事も読んだし


本も買って、より多くの情報から、自分に合ったものを感じる事に徹した。



そして今、今シーズンが始まろうとしている。



今年は去年より確実にSTEP UP出来るように


進化が遂げられるように、R1と過ごす時間の一つひとつを大切にしたい。


No ride,No 【life】. @FukadakeBase-2013シーズンON



No ride,No 【life】.


おれが転んだところは山の中で、電波が届かない所だった。

メンバーに電波の届くところまで下ってもらい、購入したバイク屋に連絡してもらった。


【帰宅と修理】

二時間弱は現場で待っただろうか。

バイク屋のトランポが着くと、皆でR1を積んでくれた。

ここでも肩が痛くて何も出来なかった。

帰りの足を壊してしまったおれは、トランポにR1と一緒に積まれてバイク屋へ。

途中、迎えに来てくれたバイク屋の人におにぎりをおごってもらった。

「握りまんまでも食え」

すっかりお昼も過ぎていて、当然腹も減っていた。

壊れたR1と一緒にトランポで揺られながら、おにぎりを食う。

すっかり気持ちも、身体もボロボロなところへ、おにぎりがしみた。

不思議と悔しい気持ちや、悲しい気持ち、そういうもんはほとんど感じず

ただ空っぽになってしまったような気がした。

むなしいってこういう状況を言うのだろうか。

バイク屋が近付くにつれて、現実が徐々に蘇る。

壊れた、壊してしまったR1を修理しなきゃいけない。

きっと相当な額を要するだろう。

そんな不安と一緒にトランポを降りた。

店に来ていた別の客に、この日何度目かの状況説明をしたりした。

「身体は大丈夫なのか?」

これも、何度となく聞かれた言葉。

「身体よりも心が痛いです。」

素直な返事だった。

R1はいつ修理できるのかめども立たないため、バイク屋脇の小さな小屋へ入れられた。

かみさんに電話して、転んだこと、バイク屋まで搬送されたこと、迎えに来てほしい事を告げた。

程なくしてかみさんは到着した。

思ったよりは酷くなかったという様子でおれを見る。

だけど、右肩から地面に叩きつけられて、右半分が酷く痛んだ。

念のため、救急を受診することにした。

病院に着いて、レントゲンやら、触診やらを受ける。

結果的に骨には異常がなく、打撲と擦り傷という診断だった。

あとで、最高顧問へ連絡すると、身体が何ともないのが一番と言われ

丈夫な身体に産んでくれた親に感謝しろと言われた。

ほんとに、不幸中の幸いだった。

ようやく家に帰って、改めて皆に心配をかけたと思った。

だけど、かみさんを含めて、誰ももう乗るなとは言わなかった。

おれの唯一の趣味を理解してくれていて、尊重してくれている現れだと思う。

そうしてくれた家族に深く感謝している。

その日から、徐々に修理の計画を練り始めた。

折れた右ステップを中古で見付けてネットで買った。

カウル以外の、交換が必要だった部品も純正をネットで買う。

これらはバイク屋に持ち込んで、自分で交換した。

バイク屋に間借りをして修理するってのは後から思えば、いい度胸だと思う。

でも、金に余裕がないおれには、そうするほかに選択肢が無かった。

残るは外装。

タンクも削れていて、穴は開いてなかったが、皮一枚で何とか持ちこたえてる状態。

見積もりを取ると、タンクだけで6万。

プラスでカウルとなると出費がかさむのが目に見えた。

と言うことで、外装一式はワイズギアのストロボキットをバイク屋を通して購入。

それと、オイルが漏れたところの修理はバイク屋に任せた。

オイル漏れの修理が終わり、自走可能な状態になってから、外装キットと一緒に

R1を引き取って自宅へ移した。

外装キットも自分で組むことにしていた。

久々に乗ったR1は、ハンドルがぶれることもなく

まるで、ちゃんと走ればおれが走ってやるからと言っているように思えた。

転倒を通じて、少しだけお互いの理解を深めたような感覚がこの時もあった。

外装は一冬かけて、ゆっくりとひとりで直す予定だった。

そんなとき、最高顧問が手伝いに来てくれて、なんと、1日で完了した。

ほんとに仲間というものは、何物にも代えられない。

そうして、去年の走り納めを無事に迎えた。