床前に正座して


一生懸命達筆な
軸を読む努力をしても、
まったく読めない?


暗いから見えないのか?

いや


いや違う、まったく読めない💧



古文書の読み方も
もちろん稽古してきましたが…



どんな字でも解読し、指導頂いた
横田先生は本当に素晴らしい方でした。

・オススメの一冊





色んな禅語の掛け軸の中には、
崩し字にもなっていない
独自の達筆ってのも
凄く多いのも現実です。

しかし、あのクセのある字の方が
クセになったりして
本当に不思議なもんです。


だから~

読める字を拾い上げ、
自分の頭の中の 禅語録から
引用したらいいんだよ。

と色んな先生に言われても、

やはり頭の中に入っている
数が少な過ぎます。

やはり、禅語 は数多く学びたいものです。


言い訳として、

何で私は積極的に
覚えたいと思わないのか?

ん~考えました。

答えは、その人に
リアリティーがないからです。



どんなに偉いお坊様でも

同じ人間なんだから、

やっぱりただの禅語より、


お坊様の生き様とか

こんなん伝えた、

こんなん作った

こんなで大悟されたとかに、

やはり男は関心がいきますな


そこを知ると、
そのお坊様の人柄や
美意識に触れたようで
やっとリアリティーが生まれます。

その人物を知る努力をして
リアリティーを持ってから
禅語を学ぶという方法は
いかがでしょう?



【夢窓国師の大悟の瞬間】

それから、夢窓は臼庭(うすば)/
現:茨城県北茨城市 というところへ移ります。

その六月、暑い時だったので外へ出ます。

もう仏教学の勉強をしても駄目だというので、自分が尊敬する『大慧書(だいえしょ)』
『圜悟心要(えんごしんよう)』
『林間録(りんかんろく)』という書を読むのみで─これらの書も後には捨ててしまいますが─、あとは坐禅をしていて、そういう現境が出た。

疲れたので部屋へ上がって
壁にもたれようと思ったら壁がなく、
ドサ─ンと後ろへひっくり返った。

その瞬間にはっきり分かったと言うのです。
その時に「投機(とうき)の偈(げ)」という
漢詩を夢窓疎石は作っています。
 

投機偈(げ)    
投機(とうき)の偈(げ)
 
多年掘地覓青天    
多年、地を掘って青天を覓(もと)む
     

添得重重礙膺物    
添え得たり重々礙膺(げよう)の物
     

一夜暗中飃碌甎    
一夜、暗中に碌甎(ろくせん)を飃(あ)げ 
     

等閒撃砕虚空骨    
等閒(なおざり)に撃砕(ぎゃくさい)す
虚空(こくう)の骨
 


「投機(とうき)の偈(げ)」の「投」は投げる、
そこへ投ずるということ。

「機」というのは心の働きのことです。

「偈」(げ)というのは禅で偈頌(げじゅ)と言って、七言の絶句のことです。

「天(てん)」と「甎(せん)」というように韻(いん)を合わせているわけです。

多年、地を掘って青天を覓(もと)む

長い間大地を掘って青天を求めるように、
方向違いのことをしてきた。

あれを学びこれを学んで、
なんとか生死脱得(しょうじだっとく)の悟りを開こうとしてきた。


添え得たり重々礙膺(げよう)の物
─悟りに邪魔になるものばかり
積み重なってしまった。


一夜、暗中に碌甎(ろくせん)を飃(あ)げ
─かわらけもみな上に吹き上げてしまった。

等閒(なおざり)に撃砕(ぎゃくさい)す虚空(こくう)の骨─虚空にも骨がある。

その骨もぶっつぶしてしまって、
まったく無一物の世界に入ってしまった。


時に夢窓疎石、三十一歳。
十二年間 様々な所へ行って修行し
大悟した瞬間です。




稽古場や、お寺さんに
悟りが落ちてんのとは違いますわ。

稽古場でもいい、寺でも、仕事場でも
学校でも、ジムでも

何かモヤモヤを持ち帰った後、
何気ない日常の中に
ポツリとありそうですね。


【撃砕虚空骨】ぎゃくさいす  こくうのほね

躙口から入って、こんな軸が
床にあったら男は痺れますな~。

道具組も楽しそうです。