長谷川引退に寄せて | リングサイドで野次を聞いた ~独善的ボクシング論

リングサイドで野次を聞いた ~独善的ボクシング論

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長谷川穂積が引退を表明しました。

残念なような、ホッとするような相反する気持ちがない交ぜになった複雑な心境です。

残念なのは、まだやれるという気持ちと長谷川の試合をもっと観たいというファンの勝手な願望であり、ホッとするのは致命的な怪我などを負うことなく、引退したことへの安堵感といいますか。キコ・マルチネス戦の後はまだ、やるのかと思ってた位でしたからね。

 

関西にいい選手がいると聞いていたのは熟山戦位だったか。そしてマーカに勝利を収めて防衛を積み重ねた頃には確信に。この頃はKOこそ少なかったものの、防御技術は後の長谷川自身のコメントで「防御に徹すれば一発も食らわない自信がある。」と言わしめるほどのもの。しかし、14度防衛中のあのウィラポンに勝てるとは夢にも思いませんでした。ましてや、あれだけの長期政権を築くことになるとは。

長谷川以前に2桁防衛を果たしたのは具志堅のみでしたが、長谷川以後は2桁の壁を破る選手も出てきました。内山や山中等。私見ですが、世界戦を勝ち抜いていくうえで従来の日本人選手のタイプにありがちだったファイターかボクサーに特化したスタイルでは幅広い挑戦者群の中で勝ち続けるのが難しいということに気づかされたからではないでしょうか。

さりとて単純なボクサー・ファイターかと言うとそうでは無く。いわばパンチのあるアウト・ボクサーといいますか・・・

長谷川以前に2桁には届かなかったものの、7度防衛の新井田、8連続防衛の徳山、以後になりますが、7度防衛のうえ名誉王者となった西岡などはブロッキングだけに依存しがちな旧来の日本人選手と一線を画した、距離感に優れたディフェンス技術が光る王者達です。空間把握能力に優れた王者達が輩出されて日本のボクシングは更に一段階上のレベルに上がったとは言えるのではないでしょうか。打たせて打つから打たれずに打つの徹底へ。

 

まず、当てさせない。そしてKO数こそ少ないものの、イザというときの新井田のキレのある連打や徳山の右ストレートには決定力を感じさせられました。西岡のモンスター・レフトは言わずもがな。長谷川以後の長期政権樹立者である内山のアマ・スタイルに裏打ちされた豪打や山中のゴッド・レフトに関しては説明の要は無いでしょう。

 

そして長谷川自身にとってのバンタムでの防衛戦での一番のターニング・ポイントになったのはウィラポンとの2戦目だったと思います。ここをクリア出来たことが後の長期政権に繋がったはず。自著でも一度はここで燃え尽きかけて引退を考えたと書いてありました。それは困る(笑)。

 

王者として一番充実してたのは連続KO防衛を繰り広げてた頃でしょうか、V6のファッシオ~V10のペレスに至るまでの08~09年位。この頃は攻撃特化型がうまくハマっており、まさに神がかっていたと言えましたが、もう一つの持ち味である防御技術や長期戦における長谷川ならではの試合の組み立てを堪能するという部分に関しては物足りなさを感じてました。しかし、これは贅沢な悩みかも。惜しむらくは09年12月のV10戦で当初の予定通りエリック・モレルとの対戦が実現してれば、この贅沢な不満は多少は解消されたとは思いますが。

 

2つ目のターニング・ポイントは2010年4月のモンティエル戦。結果は残念でしたが、私はこの試合こそが内容的には長谷川のベストバウトと思います。

この内容でここで勝ててれば、次は間違いなく海外進出があったはず。そして後に西岡が辿りついたドネア戦もあったかも知れません。ただドリームマッチが実現してもそこでモチベーションが完結してしまい、国内へ戻っての3階級制覇路線を歩まなかったかも知れませんし、こればかりは歴史のIFに留めておくしかないでしょうね。モンティエルに負けたからこそ、後の3階級制覇への喜怒哀楽をファンも長谷川とともに歩めて感情移入出来たのかも知れないですし。

そして、フェザー以降は苦闘の歴史とも言えます。ジョニゴンに敗れたとき、キコ・マルチネスに敗れたときは引退した方がいいのではないかと無責任なファンの立場で思ってしまったのですが、それでも、何よりも自分を信じてたのは長谷川自身に他なりませんでした。

強打のオラシオ・ガルシア戦、そしてラスト・ファイトとなったウーゴ・ルイス戦。ルイスにダウン寸前に追い込まれながらも気力と技術で打ち返した殊勲の9R目こそが、まさにキャリアの総決算として相応しいベスト・ラウンドではありました。

見た目の奇抜さも派手なパフォーマンスも無い、戴冠時に本人が発した「地味な王者」は気がつけば多くの自身の試合を通して誰もが感情移入出来る王者になりました。長谷川の軌跡を追い、そのキャリアを観戦者として同時体験したことは間違いなく、我々にとって大きな宝になりました。今までのキャリアに労いの気持ちを持ちつつ、これからも業界と関わっていくであろう長谷川にボクシング・ファンの一人として素直にエールを送りたいと思います。