DVDレビュー~猪木vsアリ~ | リングサイドで野次を聞いた ~独善的ボクシング論

リングサイドで野次を聞いた ~独善的ボクシング論

マニアの隠れ家を目指します。
中津の生渇きの臭い人はお断り。




これはボクシング側から見ると消したい歴史なのかも知れません。様々な書籍がこの試合の事を語ってますが大体がプロレス側からの文脈に沿ったものばかりです。(アンジェロ・ダンディーがリアル・ファイトだったことを発信する以外はあまり見かけません。)
さて、試合自体はガチであったもののこの試合はプロレスのフレームの中で行われたものなので歴史として後世に伝わるうえでプロレス・マスコミの大家の方々の潤色・脚色が施され、美しい物語として昇華されてきました。何割かの事実を織り交ぜて、巧妙に耳触りのいい創作が挿入されています。
まさに現代のお伽噺。
しかし、そろそろ潤色の衣を剥がして素のままの姿を見せるべき時期ではないかも知れません。問題の試合から38年経った今だからこそ、ノーカットの映像の封印を解いて、この試合から自分なりのリアルを語ってみたいと思います。

今回、販売されたDVDは二枚組で一枚目は発表記者会見~アリ来日、調印式・計量まで。残念ながら木村健吾が本邦初公開の延髄斬りでKOされた公開スパーは収録されてません。健吾の「らしい」姿が見たかったのに(笑)。変に編集を施さずに当時の素材をそのまま使ってます。そのため、ややもすれば説明不足の感もありますが、この試合を金払って買う様なマニアにとっては基本の部分なのでこれで正解ですかね。アリに付きそうブラッシーはプロレスラーの鏡だな。

二枚目は試合の収録。選手入場~セレモニーから試合後の抱擁までノー・カットです。実況は舟橋アナ。解説は「大学の虎」後藤秀夫。これは意外な人選というか。
さて、後年流布されてる都市伝説が二点。①裏ルール(猪木の持ち技全面禁止)②アリのグローブに石膏注射疑惑。①に関しては猪木の側近だった新間寿氏が裏ルールの存在を後年、否定してます。当時の試合後の酷評の多さから猪木を庇うための口実だったと週刊誌上で釈明してますが、今だにこれがあったと見る説も根強いですね。ドロップキックや空手チョップを禁止した・・・と言いますが、そもそも相手の協力が無ければかからない技を禁じたところで意味が無いのでは。②に関してはアリはグローブ(4オンス!)をリング上で着用してその状態でレフェリーや猪木のセコンドのカール・ゴッチも確認してます。グローブだけでなく、バンテージに注射していてもこの時点で違和感があるはずなのでこれもデマの域を出ないものではありますね。



試合は1Rから猪木がスライディングしての蹴り、いわゆるアリ・キックを放っていきます。スタンドでは半身の状態からの横蹴り、関節蹴りなどを出してアリの膝の皿を狙い撃つ危険なシーンも。前半から結構なペースでアリ・キックを放っていく猪木ですが、アリは2Rになるとフットワークでこれを避け出していくのですからさすがです。
この頃のアリは下降線を辿っており、とてもカシアス・クレイのときの様な蝶のように舞うことは出来なかったのですが、それでも結構、猪木の長い距離から飛び込む蹴りをかわしていきます。それでも3R終了時にはアリの足裏に蹴られた痕がスジみたいに出てくるのですが。
4R、コーナー際で両手で宙に浮きながら猪木の蹴りをかわすアリ。猪木の横蹴りが顎のあたりを掠める一幕も。そして5Rにはバランスを失ってダウン。じわじわとダメージが積み重なってきます。
この試合の一番の見せ場は6R。アリが猪木の足を掴んだところ下から猪木が草刈の要領で引っ繰り返し、遂にテイク・ダウンに成功。お互いに対になる様な変則マウントの大勢になるが、ロープ際なのでブレイク。ここで猪木が後ろ向きに肘打ち一閃。下手したら終わっていたかも知れないシーンでした。結局、この肘が反則なので猪木に減点が課せられます。
ここまでアリはパンチが1発も出していないというか出せない。いくらアリでも寝てる相手を殴る練習はしていないし、総合格闘技の概念が無い時代だから仕方ないかも知れません。そして7Rにようやく索制気味に左ジャブを1発出しますが、直後にアリ・キックを食らってまた転倒。
この回終了後にアンジェロ・ダンディのアピールで猪木の左足のシューズの先端にテープが巻かれますが、これはあまり意味が無かったような・・・



9Rに敢えてステップを踏んで「効いてない」アピールをするアリ、10Rには左ジャブ一発で猪木が一瞬、動きが止まります。それでも終了間際に猪木が遂にアリに組みつくことに成功。
もう一つの山場は13R。猪木が胴タックルで二度ほどアリに組みつくことに成功するもロープ・ブレーク。2度目の組みつきのときに猪木がレフェリーの盲点を付いて金的を蹴ったことでアリが一旦、帰るアピールするも試合続行。左ジャブ2発で威嚇して終了。猪木にまた減点1。
14Rには終了間際にアリの左ジャブが一発、炸裂するが頭部なのでダメージはそれほど感じられず。15Rも互いに出て行けずに終了。
なるほど緊張感は半端無いし、観終わってグッタリと疲労感が出てきました。公式は1-1で引き分けでしたが、自分的には146-141で5差、猪木。この手の試合に採点は無意味かも知れませんが。

ボクシング的にはアリが日本で真剣勝負としての試合をしたということ以外の意味は余り見出せないと思いますが、プロレスをするつもりで来日したのに猪木側が不意打ちで仕掛けてきた真剣勝負のワナにも逃げず、真っ向から受けてたったアリは文字通り「ザ・グレーテスト」であることを証明したともいえるでしょう。この試合を実現したことと総合格闘技の攻防を先取りしてたことで後年、猪木の評価は上がったものの、不意打ちから逃げなかったアリの勇気があったればこそ。決して興奮を誘う様な試合では無かったですが、リング外の騒動も込みで考えればまさに名勝負というより大勝負だったともいえます。