クリスチャンの誤解(ローマ7:25) | ぶどうの枝ミニストリー 茶売君枝

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クリスチャンになって長くなると、どこかで誤解が出てきます。特に自分は立派なクリスチャンでないと思っている人に多い誤解は次のようです。

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クリスチャンはいつも明るく欠点がなく、どんな人ともうまくやっていくことができ、問題がなく元気であることです。ショック!

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私はこのようなクリスチャンに今まで出会ったことがありません。クリスチャンを外側から見ているだけで、私たちはその人の内側まで知ることができません。一緒に生活すれば少し分かるかもしれませんが............。あせる

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「でもクリ」とは「それでもクリスチャン」と否定的に使われますが、私は「だから救われたのです」ニコニコと堂々と言いたいです。先ずは、自分に与えられた人生から逃げない、責任転嫁をしないで,精一杯生きることだと思います。

私たちの主イエス・キリストのゆえに、ただ神に感謝します。ですから、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。(ローマ7:25)
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