あほくさい 成人の日  | 考え中

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基本的に感情論…本能論。見たもの感じたもの触れたものに関する感想。
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成人の日の思い出 ブログネタ:成人の日の思い出 参加中
本文はここから

私は小学校5年生から中学3年生まで4~5年間いじめられていた。

まぁ少ないほうかもしれないけれど。


惨めなほど小さい町は幼稚園、小学校、中学校とずっと

同じ面子が呪いのように何年も何年もついてくる。


今思えばぞっとする。


まぁ…いじめていた奴には自覚なんてないんだろうが。


田舎の学校は何とも小さなアホ集団の集まり、

当然、親や教師までちっさい心の持ち主の集まりで、

苦し紛れに無理やり相談するも返答なし。


その教師なんて、私の家の二軒隣に住んでいたにも

関わらず、心配して訪ねてきたことも電話一本くれたことも

ないのだ。


気の小ささ、日本一。


近所で顔をあわすたびに、その都度目を逸らされる。


やましいことがある証拠だな…と子供ながらに感心した。


そんな奴が教師やってたんだから世も末だった。


そのあほ教師、今は教頭だとか言うから

ホントに地方の教育も先が知れてる。


死んだら「お礼参りくらい」はしてやろうと思う。


幸運にも私には「死ぬ」という選択肢などなく、

耐える日々の中で、どうやったらこいつらと同じ空気を

吸わないで済むか考えていた。


この町を出ていくことだった。


中学2年の始めだった。高校でこの町を出れば

何とか素の自分を出せる。


そう願って、まぁ…第二希望ではあったが

高校生になり、アホ面子が誰もいないからいいや…と

安心していたら…いたいたアホのはしくれが。


そいつ、中学では私と変わらないいじめられっ子で

男のクセにデブでチビだった。


なのに。


高校デビューを企んでか、私をダシに

何かしらの糸口をつかもうとしたから、やっぱりアホ。


「あいつ、中学の時、いじめられてたんだぜ」


高校生活始まってまだ一週間やそこらで

みんなが誰と友達になろうか緊張している最中、

そんな台詞をぬけぬけと吐くもんだから、一気に

空気が出来上がる。


「…へぇ…そうなんだぁ…」


…とニヤニヤする輩。


私は「ま、覚悟はしてたけどね…っ」て言う気分。


次の目標があったから正直何とも思わなかった。


高校を出たら、また別の、今度はもっと遠くへ

引越すこと。そのために勉強するってこと。


その甲斐あって、浪人はしたけれどようやく

アホから抜け出せた大学生活。


これはホントに面白かった。


19歳で入学して成人式までの1年間で、

やっと本領発揮。


やりたいことできること、自分なりにひたすらやった。

きつくて泣いたこともあるけれど何とか日々をこなしていた。


変わった自分…というより、本来の自分として生活できていたので

自信をもって、まぁ、親がうるさいのもあって成人式へ向かう。


式場へ着いて、目があった、これまた私をいじめた超本人の

チビメガネが開口一番こう吐いた。


「あぁーバイキンがいるー。逃げろー」


成人式の会場に入るなり、聴こえる声か?

腹がたつと言うより、落胆した。


「あぁホントだぁー。うわーきもいー」

チビメガネに賛同する周囲のアホ集団。


これが地方の二十歳レベル。


成人なって所詮こんなレベル。

 

チビメガネになんぞ、まる4年間全く会っていなかったのに

このザマ。


しかもその4年間、高校では私にはそこそこの地位があって

そこそこ優しい男子がそばにいて、

チビメガネが言った瞬間からしばらく経つと私の味方をする

人間も結構でてきてまぁまぁ楽しんでいた。


彼らは強いと思う。


私がいじめられていた事実を知ってしまってもなお、

私と話することをやめなかったばかりか、

自分のライブにまで招待してくれたり…。

本当に感謝している。

何となく私の視界を広げてくれた彼らに出会って、少しまた

強くなれたと思う。


そんな中、この仕打ち。


4年経っても精神性の変わらないアホに

かまってる暇などない。


私は何かを悟った。


人の精神性は、よほどの体験をしないと変わらないのだと。


そしてまた次の目標をこっそり立てた。


今度は飛行機で遠くまで飛んでやろう…と。

しばらく戻ってこれないような距離までひたすら遠くへ…


大学を卒業後、就職超氷河期のあおりを受け、

その思いも叶わず就職に至らず、

1年間も姉の助けを借り、二つのアルバイトと単発バイトの3つを

こなす生活をしながらずっと考えていた。


こんな生活をしていたら、何も変わらない!!


当時、日本で一番景気の良かった街へ一気に飛んだ。


何の後悔もなかった。


自立することしか考えていなかった。


そこでの生活が、私の人生を変えた。

性格も考え方も趣味も嗜好も服のセンスや

メイクのはてまで全てを変えた。


今、私は最高に幸せな日々を送っている。

誰に「バイキン」と言われようと、むしろウェルカムですらある。


夫には全て話した。

今でもその話をするとそっと手をさすってくれる。


ただ、感傷的になっているわけではない。

私は当時、未来のために、いじめられたことを絶対に忘れないでおこうと誓った。


悔しい気持ちと苦しい気持ちを綴ったあの日のノートは健在。

いじめられた奴らの名前すらフルネームで残っている。


これは未来にいじめの問題と真っ向から闘うために

敢えて残してある証拠だ。


できればそいつらにも、「ソフト」なお礼参りをしようと思っているクラッカー

私の場合、そのやりくちは攻撃でも口撃もないけれど。


メガネが老眼になってよけいにアホ面なんだろうと思うと

会う価値ないか…とさえ思うけれど。


またしょうもないことを書き連ねた。


成人の思い出”だったな。


大半の人は友人と久しぶりに会ってお酒を飲んだ…なんて

幸せなエピソードを語るのだろう。


しかし。

いじめが今日現在までなくならない現実をみていると、

私のような状況にあった人も、少なからずいるのではないかと

敢えて、この話題を綴ってみた。


まして、成人式で暴れて捕まる奴らがまだ居る現状。


まぁ、成人ってそういうレベルってことだわね。

いっそ成人式に出る人間、試験で選抜したら…はてなマーク

といつも思う。


ボケボケ生きてるだけで猫も杓子も20歳になりゃ

高い着物来て、礼儀も知らずに街中歩けるんだから。


価値…あるか?


いじめって当事者同士の他にも

傍観者って必ずいるから…ねドキドキ


酒飲んで楽しい時間過ごした人にも罰はきっとある。


成人式が20歳という、変わらない現状がある限りは

最低限、その場で恥ずかしくない生き方を

したほうがいいのでは…と思う。


自分の楽しみのためにだけ、自己満足のためにだけ

成人式が存在するのはないのだから…