自然発生説 | フランス語学習ブログ
ルイ・パスツール―無限に小さい生命の秘境へ (オックスフォード 科学の肖像)/大月書店

¥2,376
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伝記、特に科学者のプライベート・スキャンダルにまで踏み込んだ伝記が好きなので、このオックスフォード科学の肖像シリーズは、とても面白いです。

今回、フランスの化学者で微生物学の父と言われる、ルイ・パスツールの人生を追ってみました。

実は、私は大学4年の就職活動を始めた頃に、日本にあるパスツール研究所の求人を見て、一瞬心が揺れたのですが、揺れるだけで終わりました(笑)

英語またはフランス語ができることが条件の一つだったので、そこまで自信がなく、応募する勇気もありませんでした。なんと謙虚な私。

でも今思うと、冷やかしでも記念に受けておけば良かった...(後々、「パスツール研究所を受けたんだけど、落ちたんだよー」と自慢できるもんね←ミーハー)

さてこの本ではパスツールの意外な一面を沢山知ることができました。

家は貧しいが腕のいい皮なめし職人の父親の理解のおかげで、後を継がずに勉強をさせてもらえた。パリの寄宿学校に行かせてもらうも、ホームシックで逃げ出す。

その後バカロレアの理系に合格。エコール・ノルマル・シュペリウールで勉強し、最初は化学の結晶学を研究していた。ストラスブール大学の教授にいきなり就任した途端、学長の娘マリーに唐突なプロポーズ大作戦(笑)

でも結婚しちゃったからすごいよね。なるほど、若い時のパスツール、なかなかイケメンだよ。私でも惚れるよ(本当か)

実験が大好きなパスツールは、研究に没頭するあまり家庭を放置しつつもちゃんと5人もの子供を作り(汗)そのうち3人の子供が小さいうちに亡くなったりしながらも、発酵学をきわめて行くんですね。

ここで、「自然発生説の検討」という著書を出したことは特筆に値します。

たぶん中学か高校の理科の教科書で、ごらんになったことのある人は多いと思いますが、大昔は、「何もない所から生物が発生する」という説が主流を占めていました。
古くはアリストテレスの時代から。そして、19世紀まで真剣に信じられていたのです。
それを実験で証明して否定したのが19世紀の化学者パスツールなのです。

私は今でもその衝撃を忘れることができません。それは、教科書に載っていた挿絵で、
(ネズミが苦手な人、ごめんね)ヘルモントという17世紀のスペイン人化学者(錬金術師)の行った、生物の自然発生を証明する実験です。

1.小麦の粒と汗で汚れたシャツに油と牛乳をたらし
2.それを壺にいれ倉庫に放置することにより
3.ハツカネズミが自然発生する



がちょーん。それ、どっかからネズミが来ただけちゃうん...

と、まだ中学生だった私は、激しく突っ込みました。

しかし、当時はまだその説が普通で、大まじめだったのでしょう。
今の時代なら、顕微鏡やら化学元素やらDNAやらが解明されているから、子供でも、何もないところからネズミができるなんて言うと笑うと思いますが、昔の科学者というのはそれを実験で証明するからすごい律儀というか健気というか(笑)

そりゃ、小麦と油と牛乳の匂いがしたら、(汚れたシャツというのが謎だが)倉庫に放置してあったらネズミちゃんもつい誘われて来るよね。きっとネズミ以外にも、いろんな虫とか誘い合わせて大勢来たと思うよ(笑)

でも、その当時の常識を否定しようとした科学者はその後もいましたが、せいぜい肉の入った瓶に蓋をするかしないかという程度でウジがわくかわかないか、という実験でした。

私の理科の教科書に、このネズミと壺の実験の次に載っていたのがパスツールの白鳥型フラスコの実験です。(この画像は現在のものです)



たぶん天動説を翻すくらいのインパクトだったのでしょう、パスツールが見事にこの実験で、自然発生説をくつがえしたので、ここで大きく世界的に生物学の常識は一変しました。
パスツールという名前を知ったのも、この比較でパスツールの実験がいかに偉大で斬新だったか書かれていたからです。

むしろ、私の脳には大胆にして面白すぎる「自然発生説」の方が大きく記憶に刻まれる結果になりました(笑)

ただ、微生物を見ることは顕微鏡が使えない一般の人は、まだ病気が細菌やウイルスのせいで起こるということが信じられず、あのナイチンゲールでさえも、細菌説は信じなかったそうです。
あれだけ疫病が流行った時代に、世界中の科学者が原因を突き止めようと競った中、ドイツのコッホが細菌をみつけて業績を上げたので、フランスのパスツールは負けじと、狂犬病の研究で対抗しました。

ジェンナーが牛痘の実験を少年にして驚愕させた中、パスツールも狂犬病の初めての実験をいきなり人間の羊飼いの少年にして、物議をかもしましたが、幸い死なずに健康になったので、世界中にパスツールの名前は知れ渡り、アメリカ初め30カ国もの外国からパリに狂犬病の治療をしに人々が押し寄せました。

どんだけ狂犬病が多かったんでしょうね...。いや、野犬が多かったのですね。

この功績によりパスツール研究所が設立され、狂犬病だけでなくワインやビールの酵母菌の研究やカイコの病気やいろんな成果をおさめたパスツールですが、実はとても性格はずるくて(笑)部下の研究成果やアイディアを横取りしたり、論文は自分の名前で発表したり、研究テーマでライバル関係にある人の論文をボロクソにけなしたり、アカデミー・フランセーズの会員に選ばれなかった時は負け惜しみを言ったりと、研究者にありがちな偏屈な性分の面もあったようです。

というわけで、非常に面白かったパスツールの伝記でした。
それで、話のネタにパスツール研究所を受けておいたら良かったと、悔やまれてならない今日この頃です。