それからこぴんは実に色々なことを話した。その中でこぴんについて、あるいは猫について自分が全くと言っていいほど無知だったことを思い知った。尻尾がない猫が増えているのは進化の過程だとか、猫背は猫にとっては腰にあたるので姿勢が悪いたとえにされるのは心外だとか、猫には味覚がなくこぴんの好みは触感によってだけ決まっているとか、猫は実は熱いものも飲めるだとか、猫にも汗もが出来るとか、とにかく覚えきれないくらいの(正直なところほとんどが覚えなくてもいいようなことだったが)情報を僕にもたらしてくれた。
「それで猫にはO型が存在しなくて、AB型はほとんどいないってわけだね?」
「そうですわ。ちなみにわたくしA型ですのよ。ネコはあなたたちのようにマがヌけてませんからわざわざシラベなくてもジブンのケツエキガタくらいわかりますのよ。でもワかったからといってとくにヤクにタつことじゃありませんけどね。ふふふ。」
 こぴんのしゃべり方にはなぜか人間に対するいやみや皮肉がたくさん含まれていたが、その時はあまり気に留めなった。
「それでこぴんには僕の言葉が通じてたわけだよね?」
「トウゼンですわ。でなければ、わたくしあんなにネッシンにハナしかけはしませんわよ。」
「でも僕に通じてると思っていたわけだ。」
「ま、まぁそうですわね・・・。」

 こぴんは少しばつが悪そうにそう言った。
「ごめんごめん。そんなつもりはなかったんだ。」
「わたくしキになんてしておりませんわよ。わたくしそんなチイサいことはキにしたことありませんから。」
「それならいいんだ。これからもよろしくね。」
「それさっきからもう4カイメですのよ。キきアきましたわ。」


 そのようにしてこぴんの奇妙な生活はクリスマスイブに始まった。




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 あれ以来こぴんは昼のフクロウのようにしゃべらなくってしまった。が何を話しても昨日までのこぴんと同じように耳に後ろを掻いたり、一度は起き上がったと思ったら伸びをしてまた寝たりしていた。半ばさっきしゃべったのは本当に夢だったのではないかと思えるくらいだった。は一方通行の会話に疲れてしまい、ベッドに寝転んだその時だった。
「ねぇ。そろそろアヤマッてクダさらない。わたくしさっきからずっとそれをマってますのよ。」
「え?僕は何か君を傷つけるようなこと言った?」

 こぴんが急にしゃべり始めたのにも驚いたが、それ以上にその内容にびっくりした。
「はぁ。わたくしホントウにここをデていこうかしら。あなたがそんなヒトだとはオモいませんでしたわ。」
「ちょっと待ってくれよ。僕が何をしたのさ。君が出ていかなきゃいけないほどのことを。」
「・・・もうスコしアタマをヒやしたらどうですの。」

 の頭は混乱を極めた。だいいち飼い猫が飼い主の一言で自ら家を出ていくことなんて聞いたことない。いや、あるいはよく飼い猫が行方不明になるのはそれなのか。とにかくこぴんに今出て行かれるのは、にとっては考えられないことだった。>
「出て行くってどこに行くのさ。どこかあてがあるの?」
「デていくっていうのはモノのタトエですわよ。マにウけないでくださる。うふ。」
「それで君はなんで怒ってるの?僕にはおよそ見当がつかないよ。」
「まぁいいですわ。あなたがどれだけドンカンかワかりましたから。」

 確かには鈍感かもしれない。
「あなたはわたくしのコトをゼンブワかっているとおっしゃいましたよね。でもあなたはわたくしのコトをナニヒトつワかってくれてはいませんのよ。」
「そんなことはないよ。」
「そもそもわたくしがスきなのはカニカマよりトリのモモニクですわよ。ふふ。」
「そうだったの?」
「ふふ。ダイタイコトバもワかってないのに、スベてワかっているなんてツゴウがヨすぎませんこと。」

 あまりの的確さに、は少しだけ感心してしまった
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 彼女は思わず顔を覆ってしまった。も言葉を失ったが、すぐに我に返りに子猫たちに近寄りそしてそっと触れた。横たわった子猫の体は常温よりもずっと冷たく感じ、何よりの心臓に直接とてつもない激震を起こした。激震は彼女にも伝わったらしくその地震は津波を起こし彼女の頬を唐突に濡らした。
 は寄り添う2匹の子猫の頭をやさしく撫でてやったが、彼らはまだ何が起こったのか理解していないのか、それとも兄弟の死を悲しみ弔っているのかその場を離れようとはしなかった。
「この仔のお墓を作ってあげなきゃ。」
 はそう言うと立ち上がり彼女の手をそっと握った。その手は死体とは対照的に沸騰したように熱く、力強く僕の手を握り返してきた。僕らは部屋に帰り、園芸用のスコップとアロマテラピーの線香を一本持ってもう一度アパートの前へ向かった。
 もしかしたら戻ってみるとさっきの出来事は何か勘違いで昔のように5匹遊んでいるかもと少し考えたが、もちろんそんなことは起きていなかった。彼は前と同じ場所で100年前からそこにいたかのように静かに横たわっていた。
 は少しだけ躊躇したが、冷たくそしてもう決して動かなくなってしまった“それ”を出来るだけやさしく抱き上げ、近くの公園のかたすみに今にも咲きだしそうな梅の木の下に埋めてやった。
「ミチル。」
 彼女が虫の羽音よりも小さい声でそうつぶやいた。
「え?」
「この仔の名前。名前がないまま死ぬのはかわいそうだよ。」
「そうだね。」

 は小さく2度うなずいてから、線香を立てて手を合わせた。
「これでミチルも天国にいけるね!」
 彼女の目はまだうるんでいたが何かを振り切ったようにそう言った。
 僕らはミチルの安らかな眠りを心から祈りながら部屋に帰った。帰り路、彼女の手はさっきよりもっと熱く、強く握られていた。
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の目はまだうるんでいたが何かを振り切ったようにそう言った。
 僕らはミチルの安らかな眠りを心から祈りながら部屋に帰った。帰り路、彼女の手はさっきよりもっと熱く、強く握られていた。



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 その日はようやく寒さがおさまり始めた小春日和だった。彼女がめずらしく息を切らして散歩から帰ってきた。
「いいもの見つけたよ!一緒に見に行こ!」
 彼女は普段は冷静でおっとりしているので、そんなに興奮することなど滅多になかった。
「はやく、はやく!いなくなっちゃうよ!」
 僕は半分わけもわからないままそこらに転がっていたジーンズに着替えて、コートを羽織り、彼女のあとに付いて部屋を出た。5分ほど歩いたあと、なんでもないアパートの前で彼女は足をとめた。
「ほら!ここだよ。」
 彼女の手を引き、そのアパートのゴミ捨て場のほうに向かっていった。そこにはゴミの後ろに隠れるように5匹の子猫がいた。
「すごく、かわいいでしょ!触っても逃げないのよ。」
 の部屋の近所は野良猫がたくさんいて、毎年のように子猫を見ることはあっても、なかなか親猫が見張っていて触らせてくれることはなかった。周りを見まわしたが母猫は見当たらなかった。この猫たちは捨て猫かあるいは育児放棄されたのだろう。は少し悲しい気分になった。
 彼女の横に屈み、その子猫たちを見た。彼らは栄養が足りていないのか、とても細くあまり動かなかった。それに加えて汚れてので、よく見ないとゴミと間違えてしまうほどだった。
「ねぇ。ご飯を買ってこようよ。」
 彼女は一度閃くとすぐ行動に移らないと気が済まない性格だった。僕らは近くのコンビニにいって手頃なキャットフードを買って、子猫のいるアパートの前へ戻った。そして餌をやると最初はにおいを嗅ぐだけだったが、そのうち1匹が食べ始めると他の仔も釣られるように食べ始めた。しかしあまり食欲がないのか、少しすると食べるのをやめてしまった。
 その日はそれで部屋にもどり、その後も3日に1度くらい様子を見に行った。
 
 ある日、いつものように2人で例のアパートに行ってみるといつもの場所に子猫たちの姿がなかった。周りを見渡すと向かいのマンションの駐車場に1匹だけいることに気付いた。が駆け寄るとその猫を一度だけ弱弱しく鳴き、さらに奥のほうにゆっくり歩いて行った。僕もその猫に付いて歩いたが、すぐに足をとめることになった。
 そこには1匹の子猫が横たわっていて、それに寄り添うように2匹が座っていた
 



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 「それじゃあナンですか、イマまでわたくしのコトバはトドいていなかったんですの?」
「あたりまえじゃないか。君は猫で僕は人間だ。普通人間は他の動物とは話せないもんなんだよ。」
 はようやく冷静さを取り戻しそういった。
「それはがっかりですわ。わたくしあなたとはてっきりイシソツウできているもだとオモッていましたのに。でもまぁいいですわ。これからはわたくしのイうことがツウじるってことですものね。」
「心外なのは僕のほうだよ。こぴんのことは言葉が通じなくたって全部分かっていたつもりだよ。好きなカニカマの種類だって、トイレの砂は3回分溜まったらいやのだって、水は1日前のものは絶対飲まないことだって知ってる。言葉なんてなくても君とは以心伝心だと思ってたよ。だから君だって今まで言葉が通じて立って思ってたわけだろ。」
 なぜだかわからないけど、こぴんのその意見には何も答えずにそっぽを向いて丸まってしまった。
「ねぇ。聞いてるの?」
 こぴんは何もしゃべってくれなかったが、しばらくするとそのまま喉をゴロゴロ鳴らしながら寝てしまった。
 はベッドに寝そべってこぴんと出会ったころのことを色々思い出してみた。そしてもいつの間にか眠ってしまっていた。






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