こんばんは。
薬剤師
ひろ菜です。
東日本大震災が起きたあの日から今日で7年。
私のいた会社は、福島県内に多くの店舗を持っていたので、沢山の被害を目の当たりにしました。
店舗の損壊、停電、断水、ガソリン不足、物資もメンタルもギリギリの生活の中で続く余震。
私も2週間現場応援に行きましたが、高速道路は自分を含め緊急車両と自衛隊の車だけ。福島に着いたら、日常の景色の中を戦車が動く異様な光景がそこには広がっていました。
スタッフの人的被害がなかったことだけは幸いだと思っていますが、まだまだ震災の影響は根深く残っていると感じます。原発問題に解決の糸口が見えない限り、復興には時間がかかります。
福島の震災は終わっていません。
あれから7年経った今日。
私は長崎にいました。
友人達と一緒に軍艦島ツアーに参加しました。
今は無人島となっているその島、端島(通称軍艦島)は、明治時代の産業革命を支えた石炭の島でした。
揺れの激しい船にのり、島の周りを回っている時から、その姿を見て、なんともいえない重い気持ちが私の中にありました。
今回私が参加したツアーのガイドさんは実際に、軍艦島の島民だった方でした。
縦160メートル、横480メートルの小さな島に、全盛期には5000人以上の人が住み、その人口密度は東京の9倍だったそうです。
24時間灯りが灯っていた島は灯台がいらなかったほどですが、現在は無人島のためソーラーで灯台の灯を灯しているそうです。
島での生活のことを詳しく話してくださり、閉山され帰れなくなった自分の故郷のことを思う気持ちと、東日本大震災で被災され帰れなくなった方も同じ気持ちではないかとおっしゃっていました。
そして14時46分を軍艦島で迎えました。
サイレンが鳴り響くだけで、風の音さえもしない中、ツアーの参加者全員が黙祷を捧げました。
今は映画のロケ地や、世界遺産だということでいわゆる観光客も多い軍艦島ですが、近代日本を支えてくれたこの島にたくさんの感謝をしたいと思いながら島を後にしました。
今あるからといって、永遠にそれが続くとは限りません。
当たり前ですが一日一日を大切に生きていきたいと思いました。
私が参加したツアーはこちらです。
長崎に行く機会があれば是非行ってみてください。




