笛吹権三郎のふるさと芹沢。
山梨市の河川は音楽にまつわる名前が多いです。
笛吹川、琴川、皷川。
その一つ、笛吹川は昔、子酉川と呼ばれていました。
子の方角から酉の方角に川が流れていたことに由来しているそうです。
その後、笛吹川と呼ばれるようになったのには、悲しい言い伝えがあります。
芹沢の里に住んでいた母子が、大雨により家も母親も濁流に流され、母親を探すために、母親の好きな歌の笛を吹き鳴らし、権三郎が何日も何日も探し歩いたといわれています。
そのためいつしか、権三郎も川の深みにはまり息を引き取ったと伝承されています。
八幡地区水口にある首地蔵に似た伝承でもありますね。
ちなみに骸が見つかった場所が根津記念館の裏手にある権三郎供養石塔がある場所で、その後春日居の長慶寺に葬られたと伝わっております。
山間の暮らしと笛吹川
現代の河川災害に対する教訓として、治水ダムや護岸改修が公共によって行われて、今日に生かされています。
政治は未来を作るもの。
地域を歩いて次世代に伝えて行きたいと思います。