あの空は、まるで世界中の青い絵の具を全部溶かしたような色だった。見上げる天空すべて、どこまでも澄み切った眩しく輝く青。スタンドをぐるりと囲むように掲げられ、風になびくフェラーリの真っ赤な旗と空のコントラストの美しさを、わたしは一生忘れない。
2017年7月30日、日曜日のハンガロリンクに広がっていた光景だ。ここはオーバーテイクが難しいと言われるサーキットで、2年前のハンガリーGP決勝レースも例外なく「行列レース」になった。ポールポジションからスタートしトップを走るセバスチャン・ベッテルは、ステアリングホイルが左へ傾くアクシデントに見舞われた。セカンド・スティントで誰の目にも明らかなほどラップタイムが落ちても(縁石を使う走行ができなかった為)、ライバルにオーバーテイクされる事なくポールトゥ・ウィン、シーズン4勝目を獲得した。
これは、2位を走っていたキミ・ライコネンが、完璧なまでにセブの盾となり彼を守ったから。メルセデス2台にビタリ!と張り付かれ、「なんだ・かんだ」と文句を言いながらもライバルを抑え、自身はチームメイトの前へ出るような素振りなど微塵も見せず2位のまま走り切った。
わたしの定かではない記憶だが、スクーデリア・フェラーリの決勝レース1―2フィニッシュって…このとき以来ないのでは?
空の青とフェラーリフラッグの赤のコントラスト、レース内容とリザルト、そして表彰式でイチャつく…失礼、心底楽しそうなふたりの姿をわたしは忘れない。F1の永久保存映像はすでにディスク100枚を超えるが、2017年7月30日のハンガリーGPはその中でもウルトラクラスのお宝である。
ちなみに、現在のチームメイトが同じ状況になった場合は、ためらう事なく前を奪う。間違ってもキミのような走りはしないと、確信を持って言い切れる。
話を現在に戻そう。2019年シーズンのドイツGP週末の記者会見の席には、変わらない友情の絆を感じさせるキミ・ライコネンとセバスチャン・ベッテルがいた。
「今もときどき会っているよ。セブといると自分に正直になれるから、凄く楽なんだ」と言うキミは、相手の長所と感じる部分は?と聞かれこう答えた。「率直で正直なところ」。これは、セブが自分のミスを指摘された質問で「もっとも正直かつ率直な方法で向き合いたい」と答えた後の出来事。
そんなセブもキミとの関係を、「お互い尊重し合っているし、それは今も変わらない」、「キミの長所は率直で正直なところだよ!」と答えた。生半可な言葉では表現できない、これが本物の友情である。専門誌に掲載されたこの記事を読んだとき、わたしはこみ上げる感激と涙を堪えられなかった。
かつてはF1ドライバー同士の友情など絶対に有り得ない…という考え方が主流で、今もそれを信じている者は少なくない。ちょっと気の合うヤツとか、仲間意識などはあったとしても友だちは作れない。相手を打ち負かし、倒れたその身を足場にして出世していく世界だからだ。今年はマクラーレンのドライバーふたりがとても仲良しで、グランプリ週末はあちこちで一緒にいる姿が見られると言う。
ただ、これはたぶん「仲間意識」。ニコ・ロズベルグが指摘した通り、争う場のレベルが上がり、勝負の局面が厳しくなってくれば仲良しグループは解散だ。セバスチャン・ベッテルとキミ・ライコネンの場合、自動車レースとはまったく関係のない場所で、互いにひとりの人間同士としての感情が友情へ成長した。だから、本物なのだ。
さて、2019年のハンガロリンク。前戦ドイツGPで懸命に走り獲得したポイントを、あっさりはく奪されたキミはとても不機嫌らしい。さらに今年のフェラーリは、ここでは「第3のチーム」でしかなさそうなので、決勝レースのスタート時刻に合わせて2年前の映像を観ようかな…なんて考えている。
以前に読んだ記事に確か…こんな事が書かれていた。「シーズンの前半でひとつも勝てなかった年のフェラーリは、結局、最後まで勝てない」。
あくまで統計の話だが、覚悟していた方がいいかも…。というワケでこの週末、わたしは2年前の「キミ&セブのハンガロリンク」にどっぷり浸かっていようと思う。