「人に暴力性は存在する」
当たり前のことだけど、このスーパー有名人二人に言われると、納得してしまう。
もちろん、自分でも感覚的にはあったものだけれど。
怒りってのが、力になるのは誰だってわかるはず。
不正への怒り、不平等への怒り、権力への怒りだってそうだ。
けれど、どちらかというと自分勝手な場合が多いのかな。
そして、みんな最終的には自分が追い込まれてるときには暴力に出ることを知っている。
強姦された娘を持つ親父は、加害者を殺したくなるだろうし。
何か嫌な奴がいて、最終的に、自分の溜飲がさがる一番の方法はそいつに痛い目にあわすこと。
その痛い目を合わせることが、警察にできないのなら、やくざに頼むしかないときもくるのかもしれない。
だから、警察よりも任侠に生きる人たちの方が心強く感じる人はかなりいるはず。
ぼくは自分の「怒り」は感じることが多かったけど、「暴力」を抑圧してきた。
けれど、自分自身の「暴力性」まで抑圧してきてしまったことを、少し後悔している。いや、かなり。
僕はひとを殴るのがとてもいやだ。
けれど殴られるのももちろんやだ。
殴られた頬のもう片方差し出すほどやさしくもない。
じゃあどうしようか。
それは、自分の存在を揺るがす質問だ。
おもしろかった。
世界で活躍した故河合隼雄さん。
世界のハルキムラカミ
かっこよすぎる。