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 麗音

「麗音」とは、私の友達の書道家”翔鸞”さんが音楽好きな私のために

造ってくれた造語です。





音楽を楽しみながら、少しずつ、日々感じたことを皆さんに

「音信」していけたら・・・。

もう一度娘に会わせて下さいと願いを込めます。


あの笑顔に、あの声に、娘の奏でるバイオリンの音色に、もう一度あのぬくもりを感じたいのです。


息子が去年の暮れに流れ星を見た日、翌日の明け方、寝ている私をじっと立って見つめている娘がいました。私はびっくりし、「麗ちゃん!!どうしたの?」と声をかけると、スーッと居なくなってしまいました。それ以来、夢でさえも会うことはありません。


葉祥明氏の “再び会う日のために”  から


今は、幸せ!


-お父さんに

      元気でいてね!


ーお母さんに

      悲しまないで!


三十年は、

私には十分だったの

私は必死に生きたの

あの出来事は

この世を離れるための

きっかけだったの


今は、幸せ!


娘の私共へのメッセージでしょうか。私は娘の死を乗り越えるべく、厚い壁にぶち当たっています。私の最愛の娘よ、今一度会いたい。そして、私にあの微笑みを返して下さい。



娘が天国へ旅立って、6ヵ月が過ぎようとしています。私共は命日にはお墓参りを、また間もなく来る新盆の準備、そしてそれに間に合わせるようにと、「本と絵本」の手配等、相変わらず娘のことで時間を過ごしております。先日は妻と一緒に、妻が入会している「生と死を考える会」の特別講演会「いのちの宇宙と私」に参加してきました。講演者は葉祥明氏、彼は絵本作家とばかり思っておりましたが、作品には「生」と「死」をテーマにしたものが少なくありません。肉親や身近な人を亡くしたことで心の支えを見失いつつも、そこから光を見出すことの大切さや、心の癒しを作家・葉祥明の視点でお話しをされました。また、彼は私が知っている建築家葉祥栄氏の弟さんでもありました。 まだ、その講演内容を整理できておりませんが、彼の本の内容を少しご紹介させていただきます。

微笑みをあなたへ

悲しまないで下さい
私を微笑みで送って下さい
私は、今、自由です
心は、暖かい愛で一杯です
だから、私のことを
歓びを持って想って下さい
私は、生きています!

あなた方が見ているのは
私が宿っていた身体です
私は、以前よりももっと
元気な姿でいます
性格も、好みも変わりません
あなたが知っていた通りの私のままです
ただ、そちらにいた時よりも
物事がよりはっきりと
分かるようになりました
皆んなの本当の気持ちや、
人生で、何が一番大切か!
そして、いのちの真実や
私自身の存在の意味も

今、私は魂の成長と進化に必要な
学びと気づきの人生を終えて
ほっとしています
しばらくこちらで休んだら
また新たな人生を生き始めます
私の愛する皆さんとも
再び会うこともできます
人生は決して一度きりでなく
私たちは全員、
永遠に続く魂の旅を
共に歩んでいるのですから!

心からの微笑みをあなたへ


最近、何となく感じていたこと(娘が私のそばにいるのでは・・・)が、この講演会に参加して、素直に受け入れることができました。よく言われている魂は生きているということが、真実味をおびてくるのでした。
何気なく参加した講演会ではありましたが、亡くなった娘がくれた私へのプレゼントのような気がしてなりませんでした。


娘の遺した物が目に入るだけでも、切なく哀しい日々。



今日は朝から雨、久しぶりに娘の机に向かい考え事をしていた時、闘病中に書き残したノートが目に留まりました。そっと手に取り開けたページには、次のように書かれてありました。




1  自分が自分の主治医のつもりで、ガンと闘っていくこと


2  今日一日の生きる目標に打ち込んで生きること


3  人のためになることを実践すること


4  死の不安・恐怖と共存する訓練に取り組むこと


5  人は必ず死ぬ、という自然界の大原則をいやいやながらも認め、死への 現実的、建設的対処のトレーニングをすること


娘と私は一心同体、娘の癌との6年間の闘いは、同時に私の闘いでもありました。常に周りを気遣い、最期まで生きる希望を捨てず、全身全霊で駆け抜けた短き人生でした。


ブログを読んでくださる方々からのたくさんの励ましがどんなに娘の生きる勇気に繋がったことでしょう。 深い感謝の念でいっぱいです。


短き人生の最終章を見事に成し遂げた娘を私は誇りに思います。が、なんとも言いようもなく切なく、哀しく、悔いも残り、今、目の前に娘がいたら、思い切り抱きしめたい。もう一度娘の声が聞きたい。娘に会いたい。 娘の生き方に恥じぬように生きられるだろうか。 早く娘に会いたいの一念です。




姉のブログを見てくださっている皆様、

いつもいつも姉に会いに来てくださいましてどうもありがとうございます。


もうそろそろ姉が亡くなってから半年が経とうとしております。

まだまだ、私たち家族は悲しみを感じつつも毎日毎日、姉の事を

考えながらの日々を送っております。

いつもいつも、仕事をしていても、友達と会っている時も

お姉ちゃんの心の声を聞いている気がしてなりません。

生前の時のように「まさき、ちゃんとしなさい」、「まあちゃん、ここのお店

美味しいよ~」、「またパパのいびきがうるさくて~」、「まさき~聞いてよ~

またママが落ち込んでいるの~」・・・などなど



もちろん姉にもう会えない、たった一人の姉と会話すらできない、あの満面の笑みを間近で見れない、両親からとは違った叱咤激励も無いという現実を実感し、写真の中の姉と目を合わせては涙することもあります。

ただ、いつも一緒、どこに行こうが一緒、家に帰り両親と食事するときも一緒

最近はホントに近くに居て僕たちを見守ってくれてると感じることが多々あります。


ホントにボクの姉は家族・友達思いなんですよ。

前々からこのブログに書こうと思っていたんですが

姉のお墓参りに行く時は必ず晴れるんです!

お墓参りだけではなく、姉のお友達が家に来てくれたり、親戚が来てくれる時は

必ず晴れるんです。

たとえ前日の予報が雨模様でも。



先月の30日は父の誕生日でして、家族揃って外食しました。

もちろん姉も一緒です。

予報では雨模様でしたが、お店に行くまでは予報とは打って変わって一滴の雨も降らず、お店で食事をして外に出ると、雨が降った後でした。

その後、実家に寄って、父が家まで車で送ってくれて、私たちが家に着き、両親も

車で無事に家に着くと雨が再び降りだしたんです。


両親と「お姉ちゃんは天気を操れるのかなー」

などと冗談ぽく話していますが、優しい姉が「晴れ」にしてくれたり、雨を止めていたり

してくれているんだと思っています。

いつも僕たち、皆の傍に居て見守ってくれてるんだね。

いつもいつもホントにありがとう!お姉ちゃん!

弟より


 麗音


皆様からの叱咤激励のお言葉を有り難く拝読させていただきました。これも天国の娘からの贈り物と思い、,感謝いたしております。


娘の死後しばらくしてから、私はパニック障害に悩まされております。娘の最期のあの顔、あの声が脳裏に焼きつき離れません。時々フラッシュバックし、息苦しく家に居ることができず外に飛び出し、薬が効くのを待ちます。


そんな時のことです。


黒と白の縞模様の蝶がゆっくり私の前を二回まわり、静かに飛び去ってゆきました。私は思わず「麗ちゃん!麗ちゃんなの・・・・・?」と、叫んでおりました。


私の不注意により、結果的に娘が余命を知ることになってしまった娘の心の内を想い、自責の念に苛まれます。

私の心は大きく苦しみます。


愚かな私故、娘の死を限りなく主観的に捉え、まだ客観的に捉える心の余裕などありません。私の心の平静さを取り戻すには、まだ時間がかかるように思えます。