段々訳わからんことになってきましたが、異文化交流議論中間報告の過去分が増えすぎて本文を圧迫することがわかったので、別途過去分のみのリンク集を作り、今後はこの記事を過去分として各中間報告に表示することにします。
 これもそのうちいっぱいになって中間報告アーカイブのアーカイブが必要になったりして。そうなったら中間報告用の別ブログ立てるしかないな。いつの間にか記事数100超えてます。
 
 
異文化交流議論中間報告1  コミュニケーション体系図(13記事)
 
異文化交流議論中間報告2  出会いと立ち位置(13記事)
 
異文化交流議論中間報告3  優しくするということ(11記事)
 
異文化交流議論中間報告4  議論の危機(11記事)
 
異文化交流議論中間報告5  コミュニティとネットワーク(15記事)
 
異文化交流議論中間報告6  対立する人々の背景(11記事)
 
異文化交流議論中間報告7  セルフエスティーム(13記事)
 
異文化交流議論中間報告8  新興宗教と偏見の構図(11記事)
 
異文化交流議論中間報告9  差別する心が形成される過程(12記事)
 
異文化交流議論中間報告10  倫理と法律と人の心という壁(10記事)
 
随時追加予定。
 
 
 5月6日の記事。早く読みやすくしないとです。難しいところに来ました。
2007/4/18 Home away Home #9   わたりとりさん
    <memo> 異文化世界への抵抗と、親近感と、差し出された手までの距離
    <key word> 子ども会、世話役、奉仕、霊界、カレー、信徒印、宿題、花火、施術、おやすみ、季刊誌
    <tag> 宗教
 
2007/4/23 Home away Home #10   わたりとりさん
    <memo> ある集団の中で使われる言葉が、別な集団の中では違う意味で使われる
    <key word> 信者、スゴい使用法、愚者、独善、暖かみ、ウチ向きの言葉、ソト向きの言葉
    <tag> 宗教
 
2007/4/26 Home away Home #11   わたりとりさん
    <memo> 言葉の用法が違う者同士の交流の問題点
    <key word> パワーバランス、言葉、寄り添う、合わせて当然、シフトチェンジ、怖れ、異世界の接点
    <tag> 宗教
 
2007/5/1 ▼「差別」概念という否定できない正義?~「差別」について:補論(5)   ナイジェルさん
    <memo> はてな界隈で起こった売春婦差別問題議論を追う
    <key word> 否定しがたい正義、レッテル、フレーズ、応酬、対抗言論、連帯責任
    <tag> 差別
 
       Home away Home #12   わたりとりさん
    <memo> 名もなきマイノリティが身を寄せ合い、助け合って生きていく場所に与えられた名
    <key word> 健康、心霊療法、タフな人間、ヤワで不完全、優しい共同体、離脱
    <tag> 宗教
 
2007/5/3 ▼「倫理」に行き当たる「差別」の概念~「差別について」補論(6)   ナイジェルさん
    <memo> 差別をするような人がいるのではなく、差別をした人がいる
    <key word> 何故してはいけないか、してはいけないのは何故か、命題、血が噴き出す
    <tag> 差別
 
2007/5/6 差別したい ~6・暗がりで考える~   ちょっちぷんさん
    <memo> 好意の上にしか理解は成り立たない、好意を持つ個の所属する集を知ることを望む
    <key word> 最後、マイナス要因、環境、経験、付随するリスク、思想の軌跡
    <tag> 差別
 
       Home away Home #13   わたりとりさん
    <memo> 近代医学は宗教的精神からは相容れぬものに見えるけれど、近代医学もまた進化している
    <key word> 近代医療、不信、機械を修理、全人的、パーツ、人工的な措置、アンチターゼ
    <tag> 宗教
 
       差別したい ~これがエピローグ~   ちょっちぷんさん
    <memo> 思考の痕跡を長々と書いてみることで、自分自身と向き合う
    <key word> 専門書、出会い、実体験、誠実でありたい、突き飛ばす行為、自分語り、充実感
    <tag> 差別
 
2007/5/7 ▼異論を「批判すること」と理解すること~第二論考「差別について」を終えて   ナイジェルさん
    <memo> 他者を批判することは、自分自身と向き合うこと
    <key word> 快適な社会を維持する、偏見から自由な人間はいない、批判の有用性、自分と語る
    <tag> 差別
 
 
 5月6日の記事。アメブロはブログ内検索できないから前の記事を探し出すのが大変です。ブログ主が言うななんですけど。検索フォームは全ブログ対象で、自分の記事が記事タイトルで検索しても出てきてくれません。
 私は夢を見ても、起きるとパッと忘れてしまうのですが、昨夜の夢は珍しく内容を覚えていて、しかも長編だったので、忘れないうちに書いておきます。いい夢(かどうかわかりませんが)を人に話すと効力が消えると言われますが、書くだけだからいいですよね。(きっと違う)
 
 その日、私はコアラを見に長崎の○○公園(夢の中でははっきり漢字2文字で表現されていましたが忘れてしまいました)へ向かいました。電車へ乗ろうと駅のホームで待っていた時、昨日会ったお姉さん(夢の中ではそういう設定になっていた)がいて
「○○公園に行くなら次の電車に乗った方がいいよ」
と教えてくれました。次の電車は特急だったので、これのことだな、と思って乗りました。
 
 しかし程なく気づきました。その駅は1つのホームを別な鉄道会社が共用していて、
「次の電車」
というのは同じ鉄道会社の次の電車ということだったのです。
 私は変な場所で降りる羽目になってしまいました。別な鉄道会社とはいえ、全く反対方向に向かう電車でもなかったので、こっち方面に歩けば、○○公園に行く電車の駅にたどり着くだろうと歩き出しました。やっと駅に着く頃には日はとっぷり暮れていました。○○公園に行く電車は黄色でした。おしまい。
 
 なぜ長崎なのか、コアラなのか、果たして長崎にコアラはいるのか、不明です。上記の夢の中の、
「同じホームを別な鉄道会社が共用していたため間違えて乗った」
というのは私が実際経験したことです。運賃を二重取りされて大変腹が立ちました。(思い出して怒っている)
 注意書きや注意放送をしっかりしないと初めての人なら間違えそうです。同じホームから出る別々の行き先の電車があることまでは想像できても、別な鉄道会社の別な料金体系の電車が出るとは普通予測しないではありませんか。
 
 別件ですが、地方の駅で、JRの料金表も切符の自販機もあって、そのすぐ横の改札口からホームに入るようになっていて、改札にいた駅員も何も言わなかったのに、目的の駅に着いたらJRのこの路線は廃止になりました、この電車は第3セクターです、と言われて運賃二重取りされたこともありました。
 地元の人であれば事情を知っているでしょうけれど、注意書きくらい改札のところにでも貼れよ、てかJRの料金表のうち廃止になった路線の駅にはバッテンつけておけ、と怒り狂ったものです。
 数年前のことですが、今どうなっているのでしょう。なお、夢の舞台は長崎でしたが、上記2つの事件はいずれも長崎ではありません。
 
 
 5月3日の記事。特にこの夢にまつわる出来事は起こっていません。それにしても運賃の二重取りは頭に来るもので、地方都市では自動車なしでは暮らせないというのもよくわかります。

 昨年ほうれんそうプロファイリング シリーズを書いた頃から温めていたネタですが、ちっとも孵化しません。このまま温めておいても仕方ないので、腐る前に出してしまいます。

 

 報告、連絡、相談は社会人の基本、と言われますが、
「私は報告が得意だ」
という人はあまり見かけません。もちろん私も苦手ですが、私から見ても下手な人もいるので、自分が特別下手とも思っていませんでした。
 
 報告の仕方に関する書籍やサイトにほぼ共通して書いてあるのが
「結論から言う」
ということです。ただ必ずしもそれが正しいとは書かず、初心者としては一番組み立てが簡単であるとか、結論を後にまわす報告にはテクニックが必要とか添えられていることが多いです。
 よく悪い例としてあげられるのが、
 
課長「山田君、Yahoo食品さんとの大口契約の件はどうなったかね」
山田「はい、課長、企画書と見積書をお持ちし、先方からも好感触を得たのですが、競合他社が3社ほど入っており」
課長「だから契約はどうなったんだね」
山田「取れませんでした」
課長「報告は結論から言いたまえ」
 
というものです。しかし
 
課長「山田君、Yahoo食品さんとの大口契約の件はどうなったかね」
山田「契約は取れませんでした」
 
と言ったら課長はもっと怒るのではないでしょうか。そこで出てくるのが
「クッション言葉」
というものです。私はこの使い方が下手で、長年苦労しました。
 
「申し訳ございません、契約できませんでした」
「申し訳ございません、力及ばず契約できませんでした」
「申し訳ございません、せっかく課長にご指導いただきながら、私の力が及ばず契約できませんでした」
 
クッション言葉は長すぎても短すぎても印象悪く、上司の好みやご機嫌にも左右されます。
 クッション言葉の長すぎる報告と結論から言わない報告とどう違うのでしょう。クッション言葉が長すぎると結果的に最初に出した悪い例の報告みたいになってしまうし、クッション言葉自体には意味がないから、悪い例の報告の方が余程中身があるように見えます。
 できるだけ客観的な事実を時系列で知りたいという上司もいます(あるいはそういう場面もあります)。結論を先に言うと、結末を知っている推理小説を読むようなもので、過程に対して偏見丸出しになるしそれ以上聞かなくなります。
 
 新卒の頃は本で読んで結論から言うのが正しいと思っていたので怒られまくりでした。
「あれはできた」
「できていません」
などと言ったら怒り狂うに決まっています。相手が怒り始めるとこっちも固まってしまい、続きを言うどころではなくなります。
 人の話を途中でさえぎる上司も、メールをよく読まない上司もたくさんいます。報告とは、責任というボールをできるだけ自分が持たずに済むようにパスを回しながら社会を生き抜くサバイバルゲームです。
 
 この話は一応続く予定ですが、続きは明日書くかも知れないし1ヶ月後かも知れません。また、完結できないかも知れません。まだまだ謎が多い事象だからです。
 
 

 5月1日の記事。このシリーズ、3まで書いたのですが、内容としては

「報告は結論から、というのは嘘だ」

にとどまっています。だからどうしろというのかというと、これから考えます。私も確かにうまくはないけど他の人も同じくらいうまくないので、あまり大問題と捉えてはいないんですね、実は。結論からスラスラっと話す人なんていないし。

 ゴールデンウィークを充実させよう企画第2弾。ゴールデンウィークといえば
「どこかで出かける」
ですが、どこへ行っても混んでいて何時間も待たされて、という固定的イメージがあります。しかしそこにひるんではいけません。
 
 思い切って、今までに挑戦したことのない企画に挑みます。それは
「ネットでおいしいお店を探してそこに行ってみる」
です。(企画?)
 私は前々からつけ麺のおいしいお店に行ってみたいという願望がありました。ネットで探してみるということを今までしなかったのは、情報誌に載っているお店は情報誌の情報と違う、ということを何回か経験し、本当にいいお店はそういうところに広告を出さないという固定観念があったからです。特にラーメン屋は、写真が載っていても、情報誌から受けるイメージより実際は狭くて汚い(失礼な)です。
 
 ネット時代となり状況も違いますし、1回2回失敗があったからといって全てが駄目であるかのように思いこんではいけません。ネットだと、店側の一方的な宣伝だけでなく、客として行った人の感想も見ることができます。それもやらせである可能性はありますが、何度もチャレンジすることで見抜くコツが身につくのです。きっと。
 1人で入れそうで、評判上々なお店から、場所が住宅地に近いところをセレクトしました。中心街だと混んでいるであろうからです。
 
 お昼時を外したせいか、意外に空いていました。接客も親切でよかったです。お味はまあまあでした。もっとおいしいのが食べたいです。
 翌日(今日)、別な店をセレクトして再び出かけました。いつも行列のできる店と書いてあったので並ぶことを覚悟していたのですが、やはりお昼時を外したせいかすぐ座れました。ところが、私が入ってからすぐ行列ができました。たまたま空いていた瞬間だったようでラッキーでした。それともみんな私の後をつけてきたのでしょうか。(絶対違う)
 行列ができるだけあって噂に違わぬ麺のおいしさでしたが、スープは昨日のお店の方がおいしかったです。好みの問題でしょう。昨日の店はスープの種類を選べましたが、この店では選べないのです。選ばせていては余計行列ができるから仕方ありません。
 
 なかなか楽しかったので、ゴールデンウィーク後半も、別な店に行ってみます。そして、来年のゴールデンウィークには、
「去年のゴールデンウィークはつけ麺食べ歩いたなあ」
とささやかな満足と共に思い返すのです。
 
 
 4月30日の記事。どのお店もおいしかったです。ネットの情報はさすがです。情報誌より良質。