もしかして、努力努力と説教する人というのは若いのではないかと思いつきました。(なぜかおばちゃんのイメージが)私が仕事を覚えられなくて怒られまくった時の教えていた人は、多分35歳以下ばかり(実年齢を知らない場合は見た目で判断)でした。確かに、若い娘さんには
結婚しなくていいですか
のような漫画を読ませたくない感じは致します。(自分がおばちゃん化している)
 
 先日紹介した39歳のワーキングプア の人も、25歳くらいだったら何とか踏ん張って人生を立て直そうという余地もあったでしょう。それでも全財産100円雇用保険未加入では厳しいものがありますが、若いというだけでも未来を、自分の可能性を信じるエネルギーになります。
 
 上のリンク先の人は年齢の割に社会人歴は短いのですが、通常あの状態で社会人歴だけ長いと、その分痛めつけられ、ののしられ、負のエネルギーを溜めこみ、人間不信に陥り、自信を喪失してきた歴史も長いのです。
 社会に出れば、学校と違ってテストで点を取ればいいというものでなく、何もかも手探り、自分は果たして成長しているのか、後退しているのかも見えてはきません。(自分を重ねて妄想モードになっている)
 
 負のエネルギーが充満している時は、自分ができないことではなくできることを数え上げ、罵倒した人よりも評価してくれた人のことを思い出して自信を取り戻すことが先決なのに
「努力が足りないだけ、努力すればできる、努力努力努力」
と説教されたら自殺しちゃいそうです。
「努力すればできる」
と思っている人は自分が努力すればいいので(そのことに私は反対していない)、人に向かって言ったらいかんです。余程親しい間柄でない限り、相手がどんな状態にあるかわからない、空元気かも知れないし、やっとの思いで立ち直ろうとしているところかも知れないのですから。
 
 私も20代の頃は、中高年でそういう人を見ても全く自分とつなげて考えませんでしたし、努力すれば夢はかなうという未来を素直に信じてもいました。
 しかし人生には、努力ではどうしようもないことはたくさんあります。自分の努力の結果だと思っていることでも、たいていは誰かの助力や運が含まれています。
 
 努力して努力して努力して疲れ果ててしまった時、なお努力が足りなかったのではないかという言葉が投げつけられるのが現実です。
「厳しいことが本当の優しさ」」
はその人の人生に責任を負える人に任せるべきで、現実生活で係わり合いのない他人の出る幕ではないのしょう。
 
 
 5月3日の記事。「教えていた人は、多分35歳以下ばかり」のくだりは、そもそも新人に現場仕事を教える人はそのくらいの年齢だから、説教族若者説の根拠になっていませんが、若者の皆様は中高年に優しくしてあげて下さい。
アサヒコムより 細切れ雇用の果て 39歳、全財産100円
 
 当ブログのテーマの1つは労働問題なのですが(そうだったっけ)、こういう実在の人物(だと思うが)の紹介は
「年収200万以下の人が1000万人超」
という報道よりもリアルに伝わってきます。
「派遣や契約を転々」
という職歴は、私も1歩間違ったらそこから抜け出せなくなっていたんだろう、とビクビクさせてくれます。
「このままではいけない、何とかしないと」
というあせりがかえって状況を悪くしているスパイラルを想像させます。
 
Yahooニュースより 3月有効求人倍率は0.95倍、05年6月以来の低水準 (リンク切れ)
日経ネットより 現金給与1.2%増、正社員大幅に増える・3月勤労統計調査
 
 年度の変わり目が落ち着いたせいかメーデーのせいか、雇用関係のニュースが目立ちます。
「派遣・請け負い求人の適正化、求人の適正受理の取り組みなどに起因する減少が続いている」
「パートを減らし正社員を増やす動きが続いている」
辺りは信じたいですね。
「同じ派遣社員を同じ仕事で1年以上雇う場合はその派遣社員に対し、直接雇用を申し込まなければならない」
ルールや、偽装派遣是正の割を食って解雇される人もその陰にいたりするのですが。
 正社員が増えるといっても、多くは新卒の方に回り、上のような39歳のワーキングプアの人(や私)にはなかなか回っていかないのでしょう。
 
痛いニュースより 若者に海外離れ” 旅行者減、業界は危機感 パソコンで行った気分?  (リンク切れ)
 
 それを逆なでするのがこういうニュースであります。若年層の海外旅行者が減るのは金がないからに決まっているのに、釣りとしか思えません。
 会社勤めの場合、ボーナスの出る仕事でないとなかなか大きな旅行はできません。私もボーナスや退職金の出る仕事に就きたいと思わないではありませんが、
「また仕事が覚えられなくて怒られまくったら」「ブラックな企業に引っかかったら」
と二の足を踏んでしまいます。
 
 ここで一番最初のワーキングプアの人のニュースに戻るのですが、
「このままではいけない、何とかしないと」
というあせりがかえって状況を悪くしていくスパイラルを想像すると、動かない方がいいという結論になります。
「休みたいならやめればいい」
発言で叩かれた経営者がいましたが、今の職場の雇用条件が整ってくれれば、というのはぜいたくなのでしょう。
「不満ならもっと待遇のいい企業に転職すればいい、あるいは起業すればいい」
と言われたら返す言葉はありませんが、スパイラルに突入する可能性を思うと、切なく響くのでした。
 
 
 5月1日の記事。Yahooニュースはともかく痛いニュースがなぜリンク切れなのだ。もう少し前にあった
「車が売れないのは若者がパソコンばかりやっているからだ」(意訳)
という記事もなくなっていたし、あまりにもパソコンのせいにしすぎて圧力でもあったのでしょうか。
 個人ニュースサイトDONTAKT様が更新停止 を発表されたのは、最近読み始めたばかりの私としてはすこぶる残念です。個人ニュースサイトの管理人さんというのは楽そうに見えて(失礼な)その性質上毎日(あるいは決まった間隔で)更新しなければならず、想像を絶するプレッシャーでしょう。
 DONTAKT様も、1度は更新頻度を減らして 継続しようとはなさったのですが、難しいというご判断があったようです。
 
 私は気づかれないように更新頻度を落とそうと2年くらい企んでいるのですが気づかれましたでしょうか。
 
バースディ3 より。
 1年目318記事 → 2年目285記事 → 3年目254記事 → 4年目?
 ※私から見た記事数なので、ファン限定、非公開記事を含んでおり、他の方から見える記事数とは異なります。
 
 毎日更新しているイメージがあるらしいので、そのイメージを保ったままいつの間にか週1更新になっているというのをねらっています。(何年かかる)
 この前、働いてネットして日は暮れて の中でも書きましたが、ブログやっていると他のことがなかなかできないので、ずっとこのままのペースという訳にはいきません。長く続けたいなら。
 
 今は残業も休日出勤も少ない仕事ですが、派遣なので、いずれ残業の多い仕事に替わるかも知れません。読書や勉強の時間ももっと取りたいと思ってはいるのです。ただ
「よし、今日から更新頻度落とすぞ」
というのは私にとってショックが大きいのです。発作的にダダッと書きたくなることはよくあります。
 
 読んでいるブログが更新減らします宣言をすると寂しくはなるのですが、毎日更新するブログを1つ読むよりは週1更新のブログを7つ読む方が変化に富んでいてよいような気もします。ブログはたくさんあって、新しい、面白いブログは日々誕生します。
 
 先日RSS整理をした 時も
「更新の多いブログは読むのが大変、あるいは飽きる」
という残酷な事実に気づいてしまいました。私も読者様にうざがられないように、飽きられないように、細く長く続けて行きたいものです。
 
 
 4月29日の記事。飽きられないように精進したいものですが、アメブロは簡単に書きかけの記事が消えるな。コピペだからいいんですが。
 すぐ下の弟にカラマーゾフの兄弟を読んでいると自慢した時に
「変人の父親と粗暴な長男とインテリの次男と誰からも愛される三男の話」
と紹介したら
「うちみたいだな」
と言われました。
「俺インテリの次男」
私が粗暴な長男かい。それ以来長男に感情移入傾向です。2巻には長男全然出てこないのですが。
 
 1巻のレビュー から2ヶ月、カラマーゾフを読む会(いつ発足)の他のメンバーはとっくに全巻読み終わっていると思いますが、私も昨日やっと2巻を読み終えました。ブログ上で読むと宣言していなければとうに挫折していたであろう勢いです。
 こういう長編はある程度一気に読まないといけませんね。章ごとに、しかも何日もおいて読んでいるとつながりがわからなくなります。
 
 主人公である誰からも愛される三男は、小説でなければいないであろう善意の人です。善意といえば説教族 です。そう思うとこの三男も説教族っぽく見えてきます。善意を拒否されても
「あの人の本心ではないはず」
というのがそれくさいです。
 
 しかしお金を上げようとしているところは説教族の基準には当てはまらないでしょう。説教族の善意は説教するだけで、自分の身を削って人に与えるという発想がありません。私にもありませんが。
「自分の身を削って人に与えると徳が高くなる」
という発想はキリスト教的なんでありましょうか。日本だとこういう人が物語に登場すると違和感があって、
「意地悪に見えたあの人は本当は優しい人だった」
というパターンの方が見かけます。
 
 第5編のサブタイトル「プロとコントラ」が「肯定と否定」の意味であることは、後書きを読むまでわかりませんでした。プロとコントラの戦いの構図は、説 教族論で散々扱った善を巡る攻防とはなじみません。日本では支配者層の陰謀により善の意味が書き換えられたのでしょうか。
 
 助言 >>> 越えられない壁 >>> お金
 
てな風に。
「厳しいことが本当の優しさ」
は完全にイジメの発想 なんですが、
「本当にその人のことを思うならあえて厳しくすることも必要」
と普通にコメント欄(私のところではないが)に書かれているのを見ると、この思想の根深さに寒気がします。
 
 またストーリーを紹介していませんが、大してストーリーは進んでいない、ではなくて、ネタバレがあってもよくないので、このままの流れで行きます。このゴールデンウィークには、3巻をできるだけ読み進めたいです。
 
 
 4月27日の記事。お金をくれるならひれ伏しますぞ。3巻ですか。ええ、まだ読んでおります。ここのところデータ入力ばかりしていて目が痛くて。長男アホすぎてかわいそうです。
 今日からゴールデンウィークです。(毎年言っている )私はカレンダー通りですが、カレンダー通りと言いながら28日、30日、5月1日2日も休みの人がいるので要注意です。逆にデフォルト土曜出勤の会社もあります。デフォルト日祝出勤の場合はカレンダー通りという言い方はしないと考えられます。
 私はいわゆる、カレンダーの赤い日と青い日だけ休みです。私の家の壁にかかっているカレンダーは、土曜日の色が平日と同じですが。
 
 昨年のゴールデンウィークに予告編ジェネレータ 遊びとつけ麺食べ歩き をしたことはまだ記憶に新しいのですが、予告編ジェネレータ使えなくなっていました。面白かったのに。
 一昨年は平塚五遺体事件(平塚5位タイと変換されるな)事件をネットで追い続けて廃人になりかけたので、そういったことを避けるためにも何か予定を入れるべきでしょう。それにしてもあの事件から2年経つのですね。まだ裁判中でしょうか。今どうなっているのでしょう。
 
 予定といってもつけ麺しか思いつきません。ゴールデンウィーク=つけ麺というイメージを自分の中で形成してしまうのは本意ではないのですが、
「今年のゴールデンウィーク何しようかな、去年はつけ麺食べ歩いたな」
と考え始めたら、つけ麺以外の選択肢が浮かばなかったのです。
 あの時毎日のようにつけ麺を食べた反動でさすがに飽きてしまい、この1年はつけ麺を食べていなかったのです。1年経つとちょうど
「そろそろ食べたい」
と思う時期です。
 
 とりあえず近所から始めるかと徒歩圏内のラーメン屋に行ったらシャッターが下りていました。シャッターには定休日と営業時間が書いてありましたが、定休日でも営業時間外でもないのにシャッターが下りていて臨時休業の貼り紙もないということは、つぶれたのでしょうか。
 別な店に行ったらそこもなくなっていました。この前のデパートの写真室 と同じパターンです。栄枯盛衰厳しい折々です。
 
 そこで、今日のところは冷やしうどんに切り替えることにしました。冷やしうどんのおいしいお店はまだありました。今回はつけ麺やめてうどんにしましょうか。うどんはつけ麺以上に味のバラエティが少なく、すぐ飽きてしまいそうです。
 うどんを視野に入れながらも、明日以降はYahooグルメでちゃんと調べようと心に誓うのでした。
 
 
 4月26日の記事。年のせいか時期によってはコッテリ系がきつく、さっぱり系だとめん類になりがちです。来年は手作り料理企画に挑戦・・・してみようかしらという気概が欲しいということですが、してみなかったとしても
「努力が足りないからだ」
と怒らないで下さい。