ちゃ~べんの「がははは人生」 -240ページ目

僕と音楽(第三章?)

高校時代に文化祭でバンドを組んでステージに立ったことがある。

僕はシンセサイザーを友人に借りて簡単なキーボードをちょっとだけ(笑)

つまり片手弾き(^^ゞ

それとコーラス担当

風の曲をやったなぁ

オフコースの曲もやった記憶がある。

この頃は音楽的にというよりも、バンド組んでステージに立てばモテるかも!?なんて淡い期待からだったのかも(笑)

あとはやっぱ仲間だねチョキ

結局モテることはなかったけどガーン


この頃、母親に何度もなんで小さいときにピアノとか習わせてくれなかったのか!しつこく言ったように記憶している。

そんな余裕がうちにはなかったことぐらいよくわかっていたが、いいたくなるほどちゃんとした演奏のできない自分が悔しかったのだろうあせるあせる


母親には卒業して働いて自分のお金で習えばいいでしょ!って言われたが、今からなんて無理だと自分で決めつけてやることはなかった。

高校を卒業して僕は大阪に就職する。

カラオケの時代が始まるのだ...



つづく よ(笑)

僕と音楽(第二章?)

小学校時代に合奏のメンバーに選ばれたことが何回かある。

まかされる楽器はパーカッション系

大太鼓

小太鼓

シンバル

ティンパニ

ボンゴなど

あとマリンバもやったなぁ


俺ってリズム感よかったのかなぁ?

疑問である(笑)

そんな関係で中学では吹奏楽部に入部するが、中一の夏に鼓膜に穴があき、大きな音の中にいることが苦痛に感じ退部。

実は顧問の先生が嫌いだったから、耳は言い訳だったのかもしれない(笑)

そしてバレーボール部に入部。

この頃の僕はアイドルに夢中

キャンディーズ

山口百恵


雑誌の切り抜きを下敷きに入れて授業中ニヤニヤしている少年だった。

中学卒業して高校入学前の四月四日

僕は後楽園球場で声を枯らした。


中学後半からはニューミュージックといわれる分野に染まり始める。


ユーミン

尾崎亜美



松山千春

チャゲアス

長渕剛

浜田省吾

オフコース

井上陽水

吉田拓郎

サザンオールスターズ

来生たかお

ならべるとキリがないほど

あわせてアイドルも相変わらず

松田聖子より岩崎良美派だった。

石川ひとみ

高見知佳

柏原よしえ

秋ひとみ

松本伊代

伊藤つかさ

中森明菜

小泉今日子

へと続いていく

そして高校三年の秋には武道館で山口百恵のラストに涙した。


とにかくバイトしてはレコードを買って聴きまくっていた。

だが、この頃の僕はテレビで見たり、レコードで聴いたりするだけで、自分で唄ったり演奏するなんてことはまったくない時代だった。


そうそう、高校時代からバイトで自由になるお金ができたので、この頃から静岡市や小田原あたりで好きなアーティストのコンサートがあると観に行くようになった時期であります。

ソロになったばかりの伊勢正三やユーミン、浜田省吾なんか会場が一階しかうまってなかった時代である。

なつかしいなぁ(^^ゞ



つづく


はず(笑)

今日も笑顔で

窓から射し込む光で目が覚める


カーテンの隙間から見える青


思わず窓を開けてうれしくなる


久しぶりの秋晴れ


さわやかで気持ちいいね!


朝から洗濯がんばっちゃいました!


今日も笑顔で爽やかにいきましょう(^-^)v


ちゃ~べんの「がははは人生」-20101119075906.jpg