ちゃ~べんの「がははは人生」 -241ページ目

僕と音楽(第一章?)

僕が生まれたのは熱海の割り箸屋

当時10人で暮らしていたところに11人目の家族として生まれ落ちた。

まったく音楽とは無縁な家族に...


小さい頃からテレビが大好きでおじさんやおばさんと一緒に歌番組をよく見ていた

グループサウンズや歌謡曲を真似して歌うのが好きだった。

山本リンダの真似とか調子にのってよくやってた。

一番下のおじさんはギターをたまに弾いていた。

僕がはじめて人前で歌を唄ったのは小学四年のとき

近所のおばさんに連れてってもらった熱海後楽園のホールでショーの合間にやってたちびっこのど自慢だ。

唄ったのは森昌子の歌だったなぁ...

そこでお客さんの拍手で優勝を決める

僕とたしか幼稚園ぐらいのかわいい子が拍手の大きさが同じぐらいで、ふたりで改めて拍手で決められた。

なぜか僕が優勝してしまった。

商品にロープウェイのチケットと爬虫類館の入場券とお菓子をもらった。

照れくさかったけどうれしくて、家に帰ってみんなに報告したら苦笑いされた記憶がある。

それからしばらくして熱海のヤオハンが大きくなってオープンした。

開店記念に森昌子が来て唄っていた。

その後、ヤオハンでちびっこのど自慢があると知り勝手に申し込んで朝丘めぐみの歌を唄った。

おふくろが買い物にきてなんかやってるなぁと催事場をのぞいたらちょうど僕が唄っていてビックリしたようだった。

そのときも優秀賞をいただき、のちに行われた決勝大会にも出場することになる。


きっと大家族で育ったからなんかの形で注目してほしかったんじゃないだろうか?

それがたまたま物真似だったり、歌だったりしたんだろう...


僕がいろんなご縁から46歳にしてライブハウスでライブデビュー?したのは、こんな子供の頃に味わった人前で唄った経験が始まりだったのかもしれないなんて思う今日この頃だったりするのであります。


つづく




かも(笑)

うきうきハート

熱海というと温泉街

温泉街というと歓楽街


そんなイメージを持たれる方も多いんじゃないかな?


僕が生まれたのは昭和37年

高度成長期を迎えて日本に活気があふれ始めた頃

東京オリンピックやら

新幹線開通やら

東名高速道路開通やら

大阪万博開催やら


熱海の夜もにぎやかでしたべーっだ!


僕の生まれ育った家はまさに歓楽街のド真ん中でした。

路地を挟んで向かいには今でいうソープランドが二軒

路地の角にはストリップ劇場

その隣には日活ロマンポルノの映画館

そして怪しげな飲み屋

キャバレーも近くにあった時代もあるなぁ

夜に二階のトイレに行くと、小窓の外から聞こえる酔っ払いの喧嘩やソープランドの呼び込みのおじさんの声。

女性の泣き叫ぶ声まで聞こえるときがあり、子供の頃の僕は怖かったのを覚えています。

逆にソープランドのおじさんたちやお姉さん(おばさん?(笑))たちにかわいがってもらったりもしました。

もっと昔は糸川沿い一帯がアカセンといわれる一角でした。

いまでもアカセンの名残があります。

ですから当時は家族旅行で熱海に来るお客様より慰安旅行だったりお忍びの旅行だったりが多かったんじゃないかな?

いまでも僕の生まれ育った(いまでは仕事場)あたりには風俗店がいくつかありますが、夜が怖い街ではなくなってしまったように思いますあせるあせる

それがいいのか悪いのかわからないけど、団体客は減り、家族や気のあったグループ旅行が中心になっている気がしますべーっだ!

風俗店があるから子供を育てる環境としてよくない!

と言われることがよくありますが、そんなことはないんじゃないかな?ってそんなところで育った僕は思います(笑)

やはり温泉街には必要な分野だと思ったりするわけです。


そんな中、ファッションヘルスと言われる店が近所に三軒ほどあります。

ガラスの城

ピンクムーン

うきうきハート


熱海に旅行に来て、このようなお店に行くのを楽しみにしている方々へプチ情報。

僕の情報網からすると、上記三軒の中で女の子のレベルが一番高いのは


うきうきハートドキドキ


だそうです(笑)




あくまでも情報網からのプチアドバイスですからにひひ


あとは人それぞれのお好みもあるでしょうから、あくまでも一般的目線から若さと可愛さ、綺麗さを基準にした情報ですからそこんとこ夜露死苦!

たまにはこんな熱海もいいよね(笑)


熱海市意見交換会

昨日、熱海市第2回意見交換会というのに出席させていただきました。

今回のテーマは

「中心市街地活性化に向けた現状課題の整理と今後の取り組みの方向性について」


ということで

まず、熱海市中心市街地のビジョンについて

そして、空きビルの活用について

という内容で意見交換会が行われました。


なぜ僕がこんな場所に?という感じが自分でもするぐらい、このような会議にいままでは無縁というか避けていました。

しかし「しゃったぁず4」を観て影響を受け、熱海温泉百万ドルの夜景復活計画を友人に話したら、このような会議があるのでよかったら出てみないかと、上の方に掛け合ってくれてメンバーに加えていただいたという次第です。

コンサルタントの先生二名の他、中心市街地の三つの商店街の役員さんたち、NPOatamista代表理事、市役所職員他約20名。

熱海中心市街地がこれからどうあるべきか?

住みよい、暮らしやすい街にするためにはどうしたらよいのか?

商店街のこれからのあり方は?

いろんな意見が飛び交う熱い意見交換会。

そんな中、ある方が商店街についてこんなことをおっしゃいました。

「人が集まってにぎわうところに商店ができる。つまり、ここで店を開けば商売が成り立つと考える。人が集まらなくなって商店が残っているところに客を呼び戻すというのは本来の形の逆である。どうすればいいのか?B級グルメやイベントなどで町おこし?閉まったシャッターをあける後継者はいない。店舗誘致しようにも人の集まらないところにわざわざ店を開こうとするやつなんかいない。ここにくればもしかしたらヒントになるものが聞けるかもしれないと思うから来るが、なかなかなぁ...」


なるほど、一理あるかなぁなんて思いながらも、つい手を挙げてしまった僕。

しゃったぁず4という映画を観て、自分や地元熱海と重ね合わせてしまい、どうしたら賑わいを取り戻せるか?店舗誘致をしてシャッターを開けるにはどうしたらいいか?という問題に対して、この映画で主役の酒屋のダメ息子が奮起してやったことはとりあえず閉まってるシャッターをなんでもいいから開けちゃって電気つけちゃおう!ってことだったことに共鳴したことをみんなの前で話しました。

あわせて百万ドルの夜景をたとえばみんなに協力を要請して一日だけでも復活させて、嘘でもいいから元気ある熱海を演出してみるなんてのも熱海らしいかななんてちょっと話もくわえて...

コンサルタントの先生は着眼点としてはいいですね。と言ってくれ、映画の上映会をしたいといったら、是非!と言ってくださったので、しゃったぁず4のチラシを先生にプレゼントしちゃいました(笑)

空きビルの活用についても、干物センターのようなものとして活用したらどうかとか、逆に熱海で何かやりたいと思っている人たちに試験的に安く貸し出して自由にアーティスティックに使ってもらうとか、いろいろ出ましたが、なかなかこれといったものはなかったかな?

とにかく、熱海はなんだかんだいっても温泉地として全国的にトップクラスの集客数があり、やはり観光地としてどうあるべきかを考えるべきではないかと思いました。

暮らしやすい町、魅力ある町、というものにくわえて温泉や風光明媚な環境が加わる熱海であればきっともっと熱海に行きたいと思う人も増えるだろうし、熱海に住みたいと思ってくれる人も増えるんじゃないかと思いました。

また昨日の意見交換会を元に資料を作り、来月にも続きがあるそうです。

昨日の意見の中にありましたが、こういう話の中に女性の参加がほとんどないのはおかしいと思いました。

商店種の意見だけでなく、買い物する消費者の立場からの意見が絶対的に必要だと感じました。



なかなかですが、参加させていただきとても勉強になり、刺激になりました。