ちゃ~べんの「がははは人生」 -237ページ目

僕と音楽(第十二章?)

もういい加減このネタ疲れたよあせるっていう声も聞こえてきそうですが、もうちょいですからガーンガーン


がははは


で、昨年の9月5日に「jinbowgの日」というライブイベントのオープニングアクトとして代々木にあるブーガルというライブハウスにて唄わせていただきました。


我が娘たち三人と、長女の旦那は仕事で間に合わなかったけど、孫の遥陽と、なつみとゆきみの彼氏たちを当日は呼んで、僕の家族への思いも含めていたプログラムだったので会場にきてもらった。

ゆきみは一緒に車で東京に向かう途中、やっぱり娘としてはお父さんがライブをやるって恥ずかしいんだよって僕に話していた。

しゃべりのところで私たちのことネタに使うのは厳禁だからね!!

と言われていた。


たくさんの仲間が会場に足を運んでくれた。

こんな僕のために...

初ライブのテーマは「愛と勇気と笑顔」

おおげさだけど僕の精一杯を歌で表現した。

緊張した

緊張しまくったがやり終えて満足だった。

ゆきみがライブ終わってから

「お父さん、思っていたよりよかったよグッド!グッド!

って言ってくれたのがうれしかった。

娘や彼氏たちも僕の頑張りと思いを受け止めてくれたようでうれしかった。

仲間たちからもたくさんのありがたい言葉をいただき感謝感謝の1日だった。

なにより、コジマさん、KOHI先生、ジンボーさんのおかげでやり遂げることができ、ありがとうございましたm(_ _)mという感謝の気持ちでいっぱいでした。


47歳の誕生日を前に、こうしてひとつの新しいことをやり遂げることができて、音楽とこうした形で向き合うことができて幸せに思いました。


これっきりと娘と約束してはじめたライブへの道がこうして幕を閉じました。


音楽で広がったご縁。

しかし、元を正せばすべてはゆきみの病気と闘う姿から。

音を楽しみ音の広がりと共に僕の人生も大きく広がった一年だった。


そしてこれっきりと約束したはずなのに、今年のはじめに二回目のライブの依頼を受けてしまい、ゆきみにうそつき呼ばわりされ、しばらく家庭内が無言の日々がやってくるのであります(笑)

そんなこんなで僕と音楽は切っても切れない関係となっていくのであります。

先日お話をいただき来年には三回目のライブを予定しております。

今から準備中なり

こんな僕に歌での表現の場を与えてくださるジンボーさんに感謝しております。


さて、ここらで僕と音楽の話はしまいにさせていただきますね。

長々と読んでくださった方に感謝いたすますm(_ _)m

ある意味僕の歴史に近いからそうとうさらけだしのブログになっちゃいましたね(笑)


ではまたパー

ばいならパーパーパー

僕と音楽(第十一章?)

まさかの十章越え(笑)(^^;)

まずKOHIさんと打ち合わせ

カラオケに行って唄いたい歌を唄ってごらん?と言われ

じゃあ!

と唄い出そうとしたらいきなりKOHIさんがエコーのレベルを0に!?!?

そのまま唄ったらなんか丸裸にされたみたいに恥ずかしかったあせるあせる

俺ってこんな声でこんな風に唄ってたんだガーンガーン

なんと声がちゃんと出てなくて、延びがないんだろうあせる!?!?

と思った。

KOHIさんはカラオケって、素人さんがいかに気持ちよくうまく唄えてるようにするかを機械で作ってるわけですから、勘違いするんですよって教えてくれた。

なるほどである。

恥ずかしいカラオケで、僕のキーの高さを確認していただき、唄った中からこの辺の曲がいいんじゃないかとライブの練習用に仮候補曲を決め手もらった。

次の練習からはスタジオで


スタジオでは前にも書いたようにボイストレーニングから


低音も高音もこんなに出せないんだと実感ダウンダウン

それでも毎回練習を録音してくださってメールに添付して送ってくれて、3月~4月ぐらいには自分で聴いても声の出方が変わっていることがわかるほどになっていった。

KOHIさんは僕を上手に誉めながら注意する点は鋭く指摘してくれた。

9月5日にライブの日程が決まった。


練習ではだいぶ唄えているつもりになってきたが、実際に人前でちゃんと唄えるのか!?

ぶっつけ本番でちゃんと思いを表現できるのか!?

この頃からめっちゃ不安になりはじめた。

そこで僕は自由が丘でエンターテインメントバーを経営している友人のTAROさんに相談して、飛び入りでお店の5月のバースデーパーティーの日に唄わせてもらうことにした。

KOHIさんはいないからひとり。

伴奏はないあせるあせる

無謀にもアカペラでの人前での初挑戦ショック!ショック!ショック!

ライブでは予定に入れていない歌を密かに練習した。

友人のためにバースデーソングを

当日、歌詞を確認しながら車で唄いながら自由が丘へ向かった。

お店では何食わぬ顔でみんなとわいわい

心はバクバクあせるあせる

で、スタッフのKジローさんに紹介してもらいみんなの前に立った。

堂々としなきゃあせるあせる

と思いながら、初ライブのためにここで度胸試しに唄わせていただくことを話し、誕生日を迎えた友人たちのために歌を披露した。



途中歌詞がぶっ飛んだショック!

みんな黙ってこちらを観ているあせるあせる

つまってしまったが歌詞を思い出しそこから唄う。

なんとか唄いきり拍手をいただいたが、申し訳ない気持ちがいっぱいになり

「すみませんでした」を連呼していたガーン

そこへ、TAROさんの弟でプロのアーティストね仁井山くんが

「ちゃ~べん!それだけ?まだあるでしょ?唄いなよ!」

って言ってくれたので、ダウンロードを初披露。

こちらは最初の音を高くとってしまい、途中高音がでなくなってしまう始末あせるあせる

でも最後まで唄いきった。

温かいお客さんに励まされ、

詰まったりしたけどなんか気持ちがこもっていてよかったよなんて言ってくれたりして、申し訳ないけど、でもありがたかった。


そうしたら、仁井山くんがきて、メモを俺に渡してくれた。

そこにはプロからの支店でのアドバイスが書かれていた。


声はとってもいいから自信を持って!

ステージで間違えたりしても謝らない!

かえってお客に失礼になるから。

バビブベボの出し方を強く発音しすぎるからもう少しさらっと!

マイクの使い方に注意する。音の披露範囲を確認して!



とこんな感じ。

あぁ、思い切ってここに来て無謀にも人前で唄わせていただいてほんと、よかったんだ!

と実感しました。

この日の経験が本番につながっていくわけです。

こうして、夏を越え、本番を迎えるまでKOHI先生の元、練習を重ね、ライブの曲、構成をまとめていきました。



つづかせてください(爆)(>_<)

僕と音楽(第十章?)

電話の向こうでコジマさんが唄ってくれたダウンロードは忘れない。

僕がはじめて書いた詩に曲がつき、電話越しにその歌を聴くなんて

またついた曲が思っていた以上に素敵でめっちやうれしかった。

この歌を今度はコジマさんのライブで聴けると思ったらワクワクした。


そうしたらコジマさんから意外な言葉が!?

「僕はこれを唄わないよ。これはちゃ~べんさんが書いた詩だから、僕はこのメロディーに自分で書いた詩を載せて唄うから、このダウンロードはちゃ~べんさんが唄いなよ。あせる


へっ!?
唄えって!?意味わかんないし~ショック!ショック!ショック!

「どうせだからライブで唄っちゃえば?この前カラオケ一緒に行って思ったけど、ちゃ~べんさんは歌心があるよ。ジンボーさんに言ってやらせてもらいなよべーっだ!グッド!

はぁ~~!?!?!?!?

「唄うのは好きだけど、一曲できたからって、お金を払ってきてもらうライブなんて僕には到底無理っすよ」

って言ったら、

「唄いたい気持ちがあれば、誰だってはじめは初心者でステージにあがるんだからなにも困ることはないよ。ちゃ~べんさんならきっとできるから!」

コジマさんはそんな風に言ってくれた。

正直、いつもお客さんの立場で楽しませていただいていたが、まさかこんな話が冗談でも来るなんて思ってなかったし、歌は唄えるとしても楽器はできないからどうしたらいいの?って感じだった...


そうしたら、KOHIさんというジンボーさんのイベントで知り合った方が

「僕でよければちゃ~べんさんのライブ、プロデュースしますよ。1からレッスンして来年中にはライブができるようにやってみましょうよ。実は素人さんをどこまでできるようになるか育ててみたかったんですよ。」


と、僕のサポートを買って出てくれたんです。

これが今からちょうど2年前の今頃の話です。


娘たちに話したら実はバカにされましたあせる

本気!?!?って

何考えてんの!?!?って

年が明けたらKOHIさんと練習のために月1~2で東京にレッスンに通うとなると、またゆきみとの調整が難しい。

長女のあゆみは俺の本気モードのスイッチが入ったことを感じ、面白がりながらも応援し始めてくれた。

次女のなつみはまだ大学生で静岡にいたからmixiの日記で僕の様子をうかがっていた。

ゆきみはあまりよく思ってはいなかったみたいだ。

そんな中、昨年一月から僕はKOHIさんと東京のスタジオNOAHというところでボイストレーニングからはじめました。


まだもうちょい

つづかせてください(笑)