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 苦しみの先に見えた光

日常の中で感じる小さな気づきや癒しを共有し、共に心の平穏を目指すブログ

お金と愛の循環の中で

 

 

そして、ここでもう一度、

私は「お金」とのつながりを深く感じる出来事が起こりました。

 

コンテストでいただいた賞金。

それをもとに、私はある商品を作ってみたのです。

「まずは身近な人たちに届けてみよう」 そんな気持ちで配ったそのお菓子が、

思いがけず評判となり、次々と注文が入り始めました。

 

本当に驚きました。

そして、心の底から嬉しかったのです。

 

そこには、

「私の作ったものを喜んでくれる人がいる」

「ちゃんと受け取ってくれる人がいる」

そんな喜びと感動がありました。

 

さらに、応援してくれる人たちは、

どの方も優しさに満ちあふれていて――

「大丈夫、うまくいくよ」

「楽しみにしてるね」

そんな言葉にどれだけ支えられたか分かりません。

 

お金って、やっぱり愛なんだと思いました。

 

循環するもの。

感謝とともに動いていくもの。

与えることで戻ってくるもの。

 

まるで、「お金がお金を呼んでくる」ような。

不思議だけれど、確かにそういう感覚があります。

 

もちろん、まだ不安がゼロになったわけではありません。

お金について、はっきりと全てを理解できているわけでもありません。

 

でも私は、

「今、感じられること」

「今、受け取っている気づき」を

これからも自分の言葉で伝えていきたいと思っています。

 

不安を抱えたままでもいい。

わからないままでも、一歩踏み出してみる。

 

そこに愛があれば、きっと何かが動き出す。

 

私は、そう信じています。

子どもたちの運動会が近づいてきたある年

 

 

上の子が小学校に上がったばかりで、

私はまだ赤ちゃんを抱えて毎日必死に子育てをしていたころの話です。

運動会も近いある日、大切にしていたカメラが見当たらないことに気づいたのです。

 

夫に尋ねると、「Mくんに貸した」と言う返事。

「そろそろ運動会も近いから返してもらって」と頼むと、

わかった」と言うものの、いつまで経ってもカメラは戻ってこない。

何度も聞いても煮え切らない態度の夫に

、私はついに「私が直接、牧野さんに電話するよ」と言いました。

すると、夫の口から出た言葉は――

「質屋に入れたんだ」。

 

頭が真っ白になりました。

それでも私は責めるよりも、どうにかして運動会に間に合わせたい一心で、

お金を夫に渡しました。

「これで取り戻してきて」

赤ちゃんを連れて外に出る余裕もない私にできる、せめてもの手段でした。

 

でも、夜遅く帰ってきた夫が放った言葉は、信じられないものでした。

「パチンコで負けた」。

 

怒る気力もなく、呆れて、ただただ虚しかった。

けれど私は…それでも信じたかった。

家庭を壊したくなかった

 

 

もう一度、3万2千円を手渡し、

今度こそちゃんとお願い、どうか子どもたちのために」と何度も言い聞かせました。

 

けれどまた連絡が取れない。

当時は今のように携帯電話もなく、片っ端からパチンコ屋に電話をかけたり、

手の震える想いで夫を探しました。

そして深夜、夫はようやくカメラを持って帰ってきました。

(こんな遅くに質屋が開いている?)

「危なかった。もう少しでやられそうになった。ギリギリで取り戻せたんだ」

そんな言葉を聞きながら、言いたいことは沢山あったけど私は何も言えませんでした。

 

ただ、戻ってきたカメラに少し安堵しながら、目の前の子育てに戻るしかなかった。

 

でも、今だからわかるのです。

きっとその頃には、女性がいた。

私の中にあった違和感も、うまく言葉にできない不安も、

そのためだったのだと今ならはっきり分かります。

 

それでも私は、あの時「信じたかった」。

夫の中に、かつて見た優しさを、心の奥でまだ信じたかった。

子どもたちに「お父さんがいる家庭」を守りたかった。

 

私はずっと一人で戦っていたのかもしれません。

愛する能力のない夫との暮らしの中で。

 

あの頃の私に、ただ伝えたい。

あなたはよく頑張ったよ、と。

どれほど孤独で、どれほど悔しかったか。

でも、それでも愛そうとしたあなたは、強くてやさしい女性だよ、と。

 

 

夫とお金の関係

 

私の人生における「お金」のテーマは、

実は夫との関係の中に最も色濃く表れていました。

 

暴力やモラハラ、無視、冷たい言葉――

そういった行為の裏側にいつも潜んでいたのは、

「お金」という見えない力関係でした。

 

夫は私を支配できるうちは、お金を渡してくれていた。

しかし、支配できなくなったと感じたとき

「俺が働いたお金は一円もお前に渡さない」と言い出したのです。

その中で、私の中にあったのは

「自分は稼げない存在」

「自分には経済的な価値がない」

という深い思い込みを持ってしまっていたのかもしれません。

 

でも今、こうして自分の足で立ち始めて、

少しずつではありますが、自分の力で自分の発想でお金を稼ごうと思うようになりました。

 

「お金をめぐる力の奪い合い」ではなく、

「お金を通じた愛の循環」を生きていきたい。

そう思うようになりました。

 

夫との関係に焦点を当てて、

お金のことで感じていた恐れ、怒り、悲しみを見つめ直すと、

そこには「支配」と「従属」の構造が見えてきます。

 

けれど私は、

もうその世界からは卒業しようと思っています。

 

お金は、誰かをコントロールするための道具ではなく、

自分自身を大切に生きるための、エネルギー。

 

そんなふうに思えるようになってきたことが、

今の私の大きな変化のひとつです。