子どもたちの運動会が近づいてきたある年。
上の子が小学校に上がったばかりで、
運動会も近いある日、大切にしていたカメラが見当たらないことに気づいたのです。
夫に尋ねると、「Mくんに貸した」と言う返事。
「そろそろ運動会も近いから返してもらって」と頼むと、
「
何度も聞いても煮え切らない態度の夫に
、私はついに「私が直接、
すると、夫の口から出た言葉は――
「質屋に入れたんだ」。
頭が真っ白になりました。
それでも私は責めるよりも、
「これで取り戻してきて」
赤ちゃんを連れて外に出る余裕もない私にできる、
でも、夜遅く帰ってきた夫が放った言葉は、
「パチンコで負けた」。
怒る気力もなく、呆れて、ただただ虚しかった。
けれど私は…それでも信じたかった。
家庭を壊したくなかった
「
けれどまた連絡が取れない。
当時は今のように携帯電話もなく、片っ端からパチンコ屋に電話をかけたり、
そして深夜、夫はようやくカメラを持って帰ってきました。
(こんな遅くに質屋が開いている?)
「危なかった。もう少しでやられそうになった。
そんな言葉を聞きながら、言いたいことは沢山あったけど私は何も言えませんでした。
ただ、戻ってきたカメラに少し安堵しながら、
でも、今だからわかるのです。
きっとその頃には、女性がいた。
私の中にあった違和感も、うまく言葉にできない不安も、
それでも私は、あの時「信じたかった」。
夫の中に、かつて見た優しさを、心の奥でまだ信じたかった。
子どもたちに「お父さんがいる家庭」を守りたかった。
愛する能力のない夫との暮らしの中で。
あの頃の私に、ただ伝えたい。
あなたはよく頑張ったよ、と。
どれほど孤独で、どれほど悔しかったか。
でも、それでも愛そうとしたあなたは、

