本日もお読みいただきありがとうございます。

一昨日の七条。
実はペストリーブティックで
お茶をする(前記事)前に
養源院には初めてお伺いしました。
京都に引っ越す前、
観光であれだけ通っていた時期にも
何故訪れたことがないのだろう(・・❔と
記憶を辿ってみたら。。。
「血天井」が怖かったからなのです。


振り返ってみると、
わずかに紅葉している木もあります。

火災で消失し再建をする際、
いくらお江(ごう)さんが
時の将軍の御台所であっても、
また、父の菩提を弔うためのお寺であっても
戦った豊臣方の創ったお寺を再建することは
(だからこそ)
立場的に難しかったらしいです。
そこで、伏見城で
徳川家康のために戦って亡くなった徳川方の武士
鳥居元忠以下380名の慰霊のため、ということで
血に染まった伏見城の廊下の遺構を
養源院の(廊下の)天井に持ってきたのだとか。


内部は案内の方が説明してくださいました。
伏見城の遺体は関ヶ原の戦いが終わるまで
2ヶ月間そのままだったとかで、
長い棒で「ここが元忠公のお顔のあと、
これがお腹でここが足」「こちらは別の人の手形」
と指し示しながらの説明は、、、
やっぱり怖かった〜〜

(でも会津の上杉討伐に向かった家康の留守を
守って、1000人で石田三成軍40000人と
戦った忠義の武将達なんですよね
)

★(追記)11月5日
訪れた時は、宗達の白象図が観たくて
行ったので、お寺にまつわる詳しい歴史は知らず。
訪れた数日後に放映された大河ドラマで、
家康と元忠の最期のシーンが出てきて鳥肌〜
。

本日11月5日の放送では伏見城の落城シーンが
流れました。彦殿安らかにお眠り下さい

見事だったのは俵屋宗達の描いた
白象や唐獅子、麒麟(きりん)の杉戸絵。
(普賢菩薩が白象に乗っておられることから
こちらも慰霊を意味するとか。)
教科書などで見たことのある白象図も
等身大の大きさで間近に観ると
迫力があります



宗達の、誰も考えつかないような
ダイナミックなデザイン力 ❣

「京都ミュージアム探訪」からお借りしました
他に
伏見城の秀吉の学問所を移築したという
牡丹の間の襖絵も(少し傷んでいましたが)
素晴らしかったです。狩野山楽の作です。
室内は薄暗い。
金ぴかだけど照明が和ろうそくしか
無かった昔には、反射して
幻想的な美しさだったに違いない

そこに秀吉がいるような感覚に
とらわれた。。。
帰りに門のところにはにゃんこが3匹



人に慣れているみたい。
近づいても逃げない。