一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜 -32ページ目

一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

働きながら大学院で看護学を学びました。健康教育に関心があります。特に興味があるのは、ウェルビーイング、発酵食、呼吸です。日々のことを書とともにしたためています。最近約10年ぶりに日本習字で学び始めました。課題提出までの道のりを綴ったりもしています。

今日、近所を自転車で走ってみたら、風が変わったなぁと感じました。樹々の香りか花の香りか、甘い香りもして、特に良いことがあったわけではないけれど、気持ちがなんだか弾みました。

お花屋さんでチューリップとスイトピーを買い、お肉屋さんですき焼き用の国産牛も買いました。
だいぶ奮発です。

家に帰って、玄関にお花を飾り、すき焼き風の丼ものを作りました。
お肉柔らかく美味しく調理できて、自画自賛しながら食べました。美味しい美味しいを連呼。
もちろん素材がいいのもあります。
でもせっかくの素材の良さを壊さないようにと、調理工程もいつもより丁寧になりますから、日々の暮らしを見つめ直すきっかけにもなりますね。

春の香とともに、ポジティブな気持ちを少しずつ自分の中に呼び込めるように。
いつもよりちょっぴり贅沢をして過ごす休日。
自分ででき得る範囲の方法を以て、少しでも気持ちを上向きにしていこうと思うのです。


自分の態度の有りようが、相手の態度に反映する、鏡のように。
それは本当なんだと私は思っています。
そう信じているという方が正しい。

気が合わないかも〜と思っても、理解し合えない!と思っても、気が合うことを探す、理解し合えるところを探して、諦めないことで、時に心理的距離が思いの外近付いて、最初のころには考えられなかったくらい分かり合えたりすることがあります。

難しいこともあるけれど…。
特に仕事では、人と接する時は自分を鏡でみているような気持ちをもっていたいと思っています。

私は、自分だけで何かを決めることがすごく怖いです。
学生時代は、自分で決めることは得意な方だと思っていました。
けれど、私は自分で何かを判断するのが苦手なんだなと今は思います。
最近、自分で決めなければいけないことに多く遭遇するようになり、ますますそう感じることが多くあるので、どうして苦手なのか考えてみました。
結果、自分が責任を持って何かを決めるということに腹をくくれていないということなんだろうなという結論にいたりました。

結局、私の場合、なぜ怖いかって、何かを判断した結果がうまいこといかなくて、取り返しのつかないことになったらどうしようという不安と責められるの怖さに非常に怯えてるから。
だから決めるのがいやなんです。
それに尽きるなと思いました。

けれど、そういってばっかりはいられないので、なんとか気持ちが楽になる方法はないか自分なりに考えます。

そうすると、取り返しのつかないことっていったい日々の決断の中にいくつくらいあるだろうと考えてみると、実はめったにないんだということに気付きました。

極端な話、生命に関わること以外は、一時は嫌な思いをしたり、面倒な後始末があったりするかもしれないけれど、その後、なんとかなることがほとんどです。
決断する前後には、そんな風に意識的に思うことにしたら、気持ちが少し楽になりました。

周りにどう思われるか、怒られたらいやだー、というような過度な己の保身のために、自分が大切にしている判断基準である己の指針を見失わないようにしなければと感じています。

守りに入り過ぎず
自分の指針を大事に考え過ぎずに決める。
間違っちゃっても、何度でも立ち上がれる、
やり直せることがほとんどだから。