今日の日常が明日の日常になる尊さ | 一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

一日一筆〜よりよく生きるウェルビーイングのための備忘録〜

働きながら大学院で看護学を学びました。健康教育に関心があります。特に興味があるのは、ウェルビーイング、発酵食、呼吸です。日々のことを書とともにしたためています。最近約10年ぶりに日本習字で学び始めました。課題提出までの道のりを綴ったりもしています。

検査結果を聞きに行った。直前の待合室で心臓がバクバクした。結果は異常なし。
「あなたの今過ごしている日常は、実に尊いものなんだよ」と真っ正面から言われた気がした。

いつも大丈夫だから今日も大丈夫とか、悪いことは私の身にはおこらないはずなどと思う、人間に必ずある認知の歪みを楽観バイアスというと以前研修で聴いたことを思い出す。

これがあることで、人間は生きていけたり、やり遂げられたりするのも確かだ。

でも一方で、楽観バイアスな状態にあるということを客観視できる自分もいなくてはいけないと感じる。
個人的な意見だけど、特に安全と健康においては。

今日の日常がずっと続くわけではない。
だから、日常的に自分ができることを粛々と怠らずにやる。 
やっていてもダメな時ももしかしたらあるかもしれないけど、やらないより自分に説明がつくんじゃないかとおもう。


『健』・・すこやか。からだを高く伸ばして元気がよいさま。元気があふれて力が強いさま。疲れずに物事を続けるさま。(漢字源より)