Lupinさん「天一国国歌 」のメロディは日帝時代の師範学校校歌ですよ | ちゃぬの裏韓国日記

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カルト統一教会と世界支配層との関係をあばく
(統一教会=世界平和統一家庭連合)

■情報隠蔽。現役信者は「天一国国歌 」のメロディが日帝時代の師範学校校歌で、作曲家は日本人の梁田貞氏だと知っているのでしょうか。もちろん著作権料は支払われておらず、無断使用です。

現役信者LupinⅣさんのブログで七男の文亨進氏が世界会長になってから制定された「天一国国歌」のことが記事にありましたので、補足したいと思います。

(参考:LupinⅣ氏のブログ記事より)
http://ameblo.jp/yksma6500/entry-11403303096.html
『昔から一番好きだった 聖歌4番「栄光の賜物(たまもの)」
今は天一国国歌として、全世界の食口(たち)に愛唱されています。
20代のころから、いつも涙しながら歌っていたこの聖歌は、真の御父様(文鮮明先生)が牢獄に捕えられ、毎日のように拷問を受けていたとき、獄中で作詞されたと聞いています。どのような立場にあっても決して揺らぐことなく、常に神様を愛し、人類を愛しておられた再臨のメシア・・・。今は霊界から真の御母様を通してみ旨を成すために地上に働きかけてくださっている真の御父様に、あらためて深い感謝の祈りをささげつつ、責任を果たしてゆきたいと思います。』


現在、天一国国歌である「栄光の賜物(韓国は成約聖歌3番、日本は4番)」はもともとは36家庭の金元弼氏の母校、平壌師範学校の校歌です。
しかし聖歌の本には「作曲者不詳」とされ、日本人の日韓併合時代に梁田貞氏が平壌師範学校の校歌として作曲されたものに、1950年文鮮明教祖が詩をつけて、いままでメロディもそのままに統一教会の聖歌として歌い継がれてきました。

もちろんその間、作曲家の梁田貞氏にロイヤリティ(著作権料)が支払われることもありませんでした。つまり無断使用ですね。

この内容は過去の記事に詳しく書いていますので、読んでみてください。
(参照:統一教会国家「天一国国歌」のメロディはなぜか併合時代の師範学校校歌

つい最近、著作権が切れたようなので、現在は使用しても差し支えないかもしれませんが、信者には何十年も「作曲者不詳」と隠していたわけです。

文教祖は好んで日本の曲(メロディ)に詩をつけて聖歌として歌っていたようです。サタン国家であるメロディをわざわざ残して、聖歌として残したと言うことはよっぽど気に入っていたのでしょう。

文教祖の「日本好き」を興南刑務所時代か行動を共にしてきた朴正華氏は著書「六マリアの悲劇」の中で次のように書いています。
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「先生、礼拝の時間です。礼拝をしなくては・・・・」
そして私(金徳振のこと)にも「一緒にどうですか」と言うので、「はい」と返事をして参加しました。狭い場所でオルガンも何もありません。最初に歌った讃美歌というのが、

" 六千年の恨みがある、戦いの園、勝利の月桂樹を探し求めて”

文鮮明が作詞したという「復帰の楽園」とかで、この世をエデンの園に復帰するというような歌詞でしたが、なんとその歌を日本の軍艦マーチのメロディーで歌っているのですよ。驚いた私は、終わってから言ってやりました。

「世界を統一する生き神様というのに、われわれ朝鮮人の仇である日本の国の、しかも最も軍国主義を代表する”軍艦マーチ”で自作の讃美歌を歌うとは何ごとですか?こんな愚かなことがどこにあるのですか?なぜあなたが再臨メシアなのですか?」

いろいろ質問すると、文鮮明は顔を真っ赤にしていましたが、「金さん(金徳振のこと)頼みがある。自分で作詞したものがまだ他にもあるので・・・・」といって、私に作曲を依頼しました。

(「六マリアの悲劇」P272 金徳振の証言より)
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聖歌の作曲を依頼した金徳振氏は教会から離れたため、その後は梁田貞氏同様「作曲者不詳」とされていしまいました。教会から存在自体を抹殺されたというわけです。

金徳振氏の作詞、または作曲した統一聖歌の曲は下記のようです。

「勝利者の新歌」 金徳振 作曲
「聖励の新歌」  金徳振 作曲
「悩める心に」  金徳振 作曲
「復帰の園」   金徳振 作曲
「聖苑のめぐみ」 金徳振 作曲
「東の勇士」   金徳振 作曲
「我は行く」   金徳振 作曲
「苦難と生命」  金徳振 作曲
「成和勇士の歌」 金徳振 作曲
「成し遂げよう」 金徳振 作詞作曲  
「光は東より」  金徳振 作詞作曲
「すべて捧げて」 金徳振 作詞作曲
「一つに集え」  金徳振 作詞作曲
「われら統一勇士」金徳振 作詞作曲
「新エデンの歌」 金徳振 作詞作曲
「成和青年歌」  金徳振 作曲


梁田貞氏作曲、36家庭の金元弼氏の母校、平壌師範学校の校歌・・・・

平壌師範学校校歌(作詞:葛原しげる 作曲:梁田貞)

1. 朝に臨むや大同江の
   清く豊けく日夜も息まぬ
   源 行末 啓示ぞ深き
   教えの船の艪櫂か
   永劫に
   腕高鳴りて楽しき波路

2. 夕に登るや眺望も廣き
   牡丹台(牡丹峰)上早くも目ざめ
   きらめく星かげ床しく尊と
   闇にも遠く照らすか
   常に
   ただ一筋の至誠の大路

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