■霊感商法で有名なハッピーワールド(幸世物産)は文教祖の指示で設立
霊感商法はお父様(文鮮明)の命令じゃなかったと錯覚している新人信者の皆さん。以下の文教祖のみ言葉をお読みください。(統一教会=霊感商法です)
『日本にあるうちの会社と、ここにあるうちの会社は、もう一つの所属です。そうすれば、韓国で会社を新設する時、日本の注文を受けて私たちが物を買ってあげれば、人が来る必要がないのです。幸世物産といううちの会社があります。
また、日本は、先生が話せば三時間以内に北海道から九州まで伝達され、五時間以内にうちの食口がその会社に行って交渉できる組織をもっているのです。それがどんなに素晴らしいことでしょうか。どこへでも行けるというのです。
それゆえ韓国で今後必要なすべての機械を入れるには、自ら交渉するよりも組織を利用するほうが、何より利益になるということをみな知っているのです。また、これは韓国ですることですが、日本に行って交渉する時は、日本の食口が日本人に対して交渉するので、信用度が一〇〇パーセントだというのです。絶対に踏み倒すことはないのです。』
(真の御父母様の生涯路程4 第八節 一九六七年)
『この企画が始まったばかりの頃、当時ハッピー・ワールドの社長をしていました古田が先生に「それは不可能です。何百万ドルとかかります」と言いました。それでも先生は「やりなさい」と言ったのです。何とか彼らは方法を見つけました。そして一年間試してみた後、古田は先生の所へ戻って来て「先生の言われたことは全く正しく、現在我々は毎月百人のメンバーをえています」と報告しました。』
(なぜオーシャンチャーチが必要なのか1982年9月5日 イースト・ガーデン)
『だから手早く、先生は獄中に入る前にそういう組織を完全に作って、獄中で完全にその第一線を固めて出ておるんだよ。今は、獄中内で報告を受けた者は、先生が作った団体でもって、この次の八十六年の上議院議員の選挙において、その団体の責任者に、先生が一年の支払いをしてやろうというんだね。報告したその内容は何かというと、八十六年の選挙の時には、下院百五名と上議員十六名は間違いない、完全線に入ります、という方向を見ながら決済をしたんだね。七十五年の決済。準備運動をどんどん進めているよ。それからテリー・ドーランという日韓議員の責任者は、この前の選挙の時に二百名の上議院議員を当選させたね。そのような人たちを今度、カウサ教育のもとにそれはずうっとまとめる方法をやっているよ。完全に方向転換して、準備されたんだね。だから間違いなく、八十六年は三分の一を越えるよ。その線以上はもう確保しているんだよ。八十八年までには三分の二立たすと。どんな事があっても、どんなことがあっても、突破しなければならない。そのために君たちのFの問題も百億突破運動を、それは計画しなければならない。わかりました? それを二倍以上の、三倍以上の投資が必要になってくる。それをやるまでには、日本が援助しなければ、蕩減条件を果たした日本の立場を造る事ができません。運命つきの活動だ。おい、古田!(古田「はい」)。昔みたいな、そういうとんでもない事考えるな。これは徹して一点にまとめる一念以外にない!』
(夕食後の先生の御言1986年1月2日漢南洞)
⇒「また「霊感商法」に関係した各地の販社は、設立後2~3年で次々と解散し、遠隔地に住所移転したり、社名を変えたりした。また、この霊感商法の最盛期には「TV100(TVはTotal Victoryの略)」と言って、月に100億円を献金するようにとの文鮮明の指示があり、実際に何度か目標額を達成し、そのお金を韓国に送金していたという。」
(ウィキペディアより)
※実際にちゃぬも印鑑販売(霊感商法)の販売部署に人事になり、「お父様の願いのTV100」のファックスを毎日のように見ていました。
『このようなことをするにおいては、日本の久保木会長を中心として、小山田氏と古田氏の三大指導者がいます。三年前から教えたのです。「交叉結婚させるので準備しなさい!」と言いました。交叉結婚とは何かという、それを説明しなければなりません。「交叉結婚」という言葉は初めて聞くのです。そのような結婚はないので、それを説明すると、「いくら先生が素晴らしくても、日本の歴史において考えてもみなかったことを、実際にできるそのような先生にはなれないだろう!」と思ったのです。それには、援助のようなものは考えません。ですから、日本の指導者たちは決断しませんでした。先生が決断して皆さんの交叉結婚を成し遂げたのです。』
(「神様の摂理と日本」より 1991年8月22日)
<ハッピーワールド(幸世物産)の略歴>
1968年1月16日
「幸世物産」(後の「ハッピーワールド」)が空気散弾銃2500丁の輸入許可を受ける。さらに1万5千丁輸入の申請が出ていたが、この空気散弾銃は狩猟用としても、また競技用としても不適切であるとして猟具としての所持が認められなくなり、その申請は不許可となった。
1971年3月26日
上述の空気銃の輸入が国会で問題となる。
1971年5月
高麗人参茶及び高麗大理石壺の販売等を業とする「幸世商事株式会社」を設立。統一教会の第二事業部が独立した会社になった。
1971年5月25日
公式ウェブサイトによれば高麗人参茶輸入販売目的に会社設立。
1971年12月
古田元男(777双)が代表取締役に就任。
1971年12月8日
外国為替及び外国貿易管理法違反により、石井光治(43双)、幸世商事株式会社の取締役藤本三雄(43双)及び代表取締役である増田勝(777双)らが起訴される。「額面2億5千万円の小切手を不法に持ち出したとされる相当の嫌疑が有することは否定できないが、有罪とするのに十分な証拠を欠く」として無罪になった。
1972年11月22日
幸世商事株式会社の営業部長でキャラバン隊のボス的存在であった曹又億万(ソウマタオクマン、日本名は大山高誉(43双))に1971年8月27日から1972年5月27日にかけて、教団の幹部三名と共謀し、円表示自己あて小切手2億3千万円を韓国へ法定の除外事由なく携帯輸出したという外為法違反容疑で逮捕状が出る。海外逃亡したため国際指名手配となる。兵庫県警が捜査の対象にしたのは総額で6億9414万円であった。
1973年12月
「幸世商事株式会社」を「世界のしあわせ株式会社」に商号変更。
1975年5月
医薬品の高麗人参製品を輸入。
1975年7月
統一教会(統一協会)から経済一本化方針が出され、地方教会の経済活動従事者が「世界のしあわせ株式会社」に吸収される。
1978年11月
「世界のしあわせ株式会社」を「株式会社ハッピーワールド」に商号変更。 韓国の株式会社一和から輸入する、高麗人参(茶、後に濃縮茶)をはじめ、様々な商品(水産物、酸化チタニウム、食品、医薬品等)を輸入し、これら商品は、各販社から特約店を通して委託販売員によって販売された。
1979年10月
埼玉県神川町に飲料工場を落成。
1984年11月
渋谷区神宮前に自社ビル(地上10階地下1階)を建設。
1985年
小柳定夫(777双)が代表取締役副社長に就任。
1986年4月30日
社団法人「日本訪問販売協会」を自主的に退会。
「株式会社ハッピーワールド」等に対し、霊感商法による損害の賠償を求める訴訟が提起される(東京地方裁判所)。
1986年5月15日
国会で警察庁が「霊感商法」というのは各種の悪質商法の中でも最も悪質なものだ厳正な取り締まりを行っていく」と答弁。
1987年3月12日
東京都総務局行政部指導課から霊感商法問題につき信者に対して指導するよう指示を受けた統一教会から委託販売についての自粛を要請される。
1987年3月19日
通産省(現経済産業省)が「日本訪問販売協会」の幹部に対し、同協会の会員になっている霊感商法に係る株式会社ハッピーワールドと株式会社「世界のしあわせ」に対し、倫理綱領違反がある場合には同協会として処分を行うように指示
1987年4月6日
通産省が霊感商法に関わる「株式会社ハッピーワールド」と株式会社「世界のしあわせ」に対し事情聴取及び訪問販売法の遵守について指導。この日を含め3回指導。
1987年5月1日
同年三月末で「霊感商法」と誤解されるような販売は止めるよう関連業者に厳重注意した。以後、壺、多宝塔の取扱いを以後止める。また、厚生省、通産省、国民生活センター にも以後自粛するという旨を報告した。
1989年
顧問弁護士であった高村正彦衆議院議員に時価380万円の乗用車、日産・セドリックを提供(国会議員の資産公開による)。
1999年12月1日
福岡地裁は2人の婦人に印鑑・大理石壺・多宝塔・釈迦塔、高麗人参濃縮液を売りつけた行為が信者による不法行為であり、「統一教会」及び「株式会社ハッピーワールド」に使用者責任があるとした。被害未回復であった計590万円を認容。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89