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アセンションへのカウントダウン

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他には考えた事、旅行した時の事、UFOの事などをゆるく書いていきます。

http://www.sciencetimes.com/articles/3316/20150227/as-dawn-spacecraft-approaches-a-second-bright-light-emerges-from-ceres.htm

火星と木星の間のアステロイド・ベルトに存在する、大きさがテキサス州ほどしかないという小さな準惑星ケレス。200年ほど前に発見されたが、今回NASAがこんな情報を流している。

2007年にNASAが打ち上げたスペースクラフトは14ヶ月の旅を経て翌週にケレスに届こうとしている。

スペースクラフトがケレスにいよいよ近づき、天体望遠鏡に見えたものは、、

 クレーターの中に光り輝く2つの光。

NASAはこれが何なのか説明できないとしている。
科学者は、氷の反射ではないかと言っている。しかし、氷はこのように強烈な光を放たない。ミネラルではないかなど色々な憶測があるが、誰も説明できないままだ。

もし水なら、生命の存在する可能性もあるし、光なら、コンタクトをとろうする何者かがいるのかもしれない。

チベットの男性達は丘の斜面に四方を囲んだタルチョの場所へ向かい、新しいタルチョを張り始めた。その時点ではどこで天葬は行われるか見当が付かなかった。

ヨーロッパ人観光客と思われる人達もちらほらと集まってきた。リタンに来る目的は天葬を見るためと言っても過言ではない。

天葬はおもむろに向かいの斜面で始まった。私たちはもっと近くでみたいとあわててそっちに向かおうとしたが、ヨーロッパ人観光客に「私たちは彼らの文化を尊重しなければならない」と言われ
止められてしまった。最もなご意見だ。

しかし、タルチョを張っていたチベット人男性の一人が、もっと近くで見なよ、と私たちを手招きしてくれたので向かった。葬儀屋の集団の中に女性は見当たらず、女性である我々が入っていくと嫌な顔をするチベット人達もいた。しかし、観光客と思われる漢人男性も2人彼らに混じって観察しているのを発見した。彼らは数珠を手からぶら下げいかにも仏教徒です感をかもし出しながら混じっていたので、私もそれにならい先日買った数珠をぶら下げながらフードで顔を隠し、かなり近くで観察する事に成功した。

 鷲が降りてきて、遺体に群がる。

遺体は髪の毛など全て剃られ、切り込みのような大きな傷を水平に5箇所程入れられている。地面から出ている杭に、首に縛った紐でつながれている。

鷲は思いのほか可愛い顔をしていた。体全体も大きいが、茶色い目はクリンとして大きい。ハゲワシというよりイーグル、という感じの風貌だ。

その鷲たちは遺体を囲むように数メートル離れたところにいるが、葬儀屋が「待て」の合図を手で出しているので待っている。行け、という合図でいっせいに群がった。まるで犬の様に賢い。

遺体が食べられる様子は、鷲たちがまるで隠すかのように群がって一気に食べるので、見えなかった。残るのは骨と頭になる。

 黄色い服を着た葬儀屋が骨を砕く担当の人。

斧や金槌で、時々血が飛び散らないように小麦粉と思われるものを振り掛けながら、
延々と大腿骨や頭蓋骨を叩き割っている。とても疲れる作業だ。その間、鳥達は周りでおとなしく待ちながら胃の消化に勤めているようだった。

そうして砕いた骨や骨髄や脳みそに、小麦粉を混ぜた肉団子のようなものを作り、もう一度鳥たちにそれを食べてもらう。余すところ無く食べてもらうためだ。そのようにして成仏できると信じているようだった。

一連の作業にかかった時間は1時間以上だった。それが終わる前にすでに少し離れた場所で別の天葬が始まっていた。また鷲たちは移動し、隠すように群がって肉を骨から剥がし、肉団子が出来るのを待ってそれを食べる。しかし食べるスピードは落ちてきていた。

 そこへ、3体目の遺体がやってきた。

私は鳥達が可愛そうになってきたと同時に彼らに敬意を持った。鳥達はいかにも満腹そうにスローに動いていたが、遺体が到着するとそれを食べなければならない、と心得ているようだった。何羽かは丘の上で日向ぼっこをしたまま帰ってこないものの、大体の鳥達はこれは自分の「仕事」であると心得ているようであり、やはり「行け」の合図と共に遺体を隠すように群がるのであった。

3体目を見届けることはせず、私たちはそこを後にした。十分過ぎるほど観察できた。思いのほか、グロいとかそのように思う事は無く、鳥達の働きぶりにただただ感嘆した・・・。

宿へ帰ると、女主人が「天葬は見れたか?」と聞いてきた。毎日見れる光景ではないのだろう。「3体ありましたよ」と答えると、彼女は目をまん丸にして驚いていたからだ。

人には死ぬ前に見てみたい、と思うものがあると思う。

私にとってそれは「鳥葬」だった。中国語では「天葬」(ティエンザン)と言う。去年東チベットの理塔(リタン)というところに行ったとき、その願いは叶った。

ラルンガルゴンパでも天葬は見られるという情報があったので、最初そうしようと思っていた。しかしリタンで鳥葬を見てきたという旅人に出会い、これも縁だと思って急きょ行き先にリタンも含めた。

標高2500mの中国の避暑地と化してしまったカンディンという町から、8時間ほどバスに乗って標高4200mもあるリタンの町へ向かった。

話はそれるが、中国のバスターミナルで、行き先のバスを探すのは非常に難しい。バスがどこに停車するか決まってないのである。チケットには何番から出るなどと書かれてあるが全く意味が無い。

最初なんか皆うろうろしているな、と思ったら皆自分の乗るバスを探していたのである。バスの前に小さな文字で書かれた行き先を見て確認するしかなく、皆一つ一つバスを見てまわっている。バス停で働く人さえわからないのでどうしようもない。

リタンへ行く途中は景色が綺麗だった。シャクナゲの低木が一面に生えていたので、花の咲く時期はさらに美しいだろう。

 丘を越えると、ヒマヤラのふもとにある小さなリタンの町が出現。

 ストゥパ 標高が高い場所でしか見れない独特の光と影

 チベット人の女の子たち

 泊まったのはバス停から近いポタラ・イン。そこにあったリタンの地図。左上に天葬をする場所がある。

宿を経営する漢人の女性(このチベットの田舎町でさえ、レストランや全てのビジネスオーナーは漢人だ。)に、天葬は毎日あるのか聞いてみた。

すると朝6時には行きなさいと言われた。何時に始まるかわからないし、10時ごろいくともう終わっていたという人が多いと。それに、勿論誰も亡くならなかった日には、天葬は無い。

天葬を見る機会は翌日しかない。しかし見れるといいなあなどと考えるのも不謹慎なので何ともいえないが、翌朝私たちは霜の降りる寒い中出かけた。

現場にはすでにチベット人男性達が集まり、火を炊いて暖をとっていたので、天葬は行われそうな雰囲気だった。今考えると、あの焚き火はのろしのようなもので、鷲たちを呼んでいたのだ。

続く