チベットの男性達は丘の斜面に四方を囲んだタルチョの場所へ向かい、新しいタルチョを張り始めた。その時点ではどこで天葬は行われるか見当が付かなかった。
ヨーロッパ人観光客と思われる人達もちらほらと集まってきた。リタンに来る目的は天葬を見るためと言っても過言ではない。
天葬はおもむろに向かいの斜面で始まった。私たちはもっと近くでみたいとあわててそっちに向かおうとしたが、ヨーロッパ人観光客に「私たちは彼らの文化を尊重しなければならない」と言われ止められてしまった。最もなご意見だ。
しかし、タルチョを張っていたチベット人男性の一人が、もっと近くで見なよ、と私たちを手招きしてくれたので向かった。葬儀屋の集団の中に女性は見当たらず、女性である我々が入っていくと嫌な顔をするチベット人達もいた。しかし、観光客と思われる漢人男性も2人彼らに混じって観察しているのを発見した。彼らは数珠を手からぶら下げいかにも仏教徒です感をかもし出しながら混じっていたので、私もそれにならい先日買った数珠をぶら下げながらフードで顔を隠し、かなり近くで観察する事に成功した。
鷲が降りてきて、遺体に群がる。
遺体は髪の毛など全て剃られ、切り込みのような大きな傷を水平に5箇所程入れられている。地面から出ている杭に、首に縛った紐でつながれている。
鷲は思いのほか可愛い顔をしていた。体全体も大きいが、茶色い目はクリンとして大きい。ハゲワシというよりイーグル、という感じの風貌だ。
その鷲たちは遺体を囲むように数メートル離れたところにいるが、葬儀屋が「待て」の合図を手で出しているので待っている。行け、という合図でいっせいに群がった。まるで犬の様に賢い。
遺体が食べられる様子は、鷲たちがまるで隠すかのように群がって一気に食べるので、見えなかった。残るのは骨と頭になる。
黄色い服を着た葬儀屋が骨を砕く担当の人。
斧や金槌で、時々血が飛び散らないように小麦粉と思われるものを振り掛けながら、延々と大腿骨や頭蓋骨を叩き割っている。とても疲れる作業だ。その間、鳥達は周りでおとなしく待ちながら胃の消化に勤めているようだった。
そうして砕いた骨や骨髄や脳みそに、小麦粉を混ぜた肉団子のようなものを作り、もう一度鳥たちにそれを食べてもらう。余すところ無く食べてもらうためだ。そのようにして成仏できると信じているようだった。
一連の作業にかかった時間は1時間以上だった。それが終わる前にすでに少し離れた場所で別の天葬が始まっていた。また鷲たちは移動し、隠すように群がって肉を骨から剥がし、肉団子が出来るのを待ってそれを食べる。しかし食べるスピードは落ちてきていた。
そこへ、3体目の遺体がやってきた。
私は鳥達が可愛そうになってきたと同時に彼らに敬意を持った。鳥達はいかにも満腹そうにスローに動いていたが、遺体が到着するとそれを食べなければならない、と心得ているようだった。何羽かは丘の上で日向ぼっこをしたまま帰ってこないものの、大体の鳥達はこれは自分の「仕事」であると心得ているようであり、やはり「行け」の合図と共に遺体を隠すように群がるのであった。
3体目を見届けることはせず、私たちはそこを後にした。十分過ぎるほど観察できた。思いのほか、グロいとかそのように思う事は無く、鳥達の働きぶりにただただ感嘆した・・・。
宿へ帰ると、女主人が「天葬は見れたか?」と聞いてきた。毎日見れる光景ではないのだろう。「3体ありましたよ」と答えると、彼女は目をまん丸にして驚いていたからだ。