寄り添うということ 感謝 | 思いのままに☆

思いのままに☆

ありのままに。
飾らずに。
まっすぐに。

長男が初めてODした日から、3か月半くらい経つかな。

3瓶の風邪薬を服用して、救急搬送された。

あの時のことは忘れられないし、

本人が一番つらいけど、私もずっと苦しかった。

あんなに苦しんでいたからもうしないだろうと思っていたのに、

12月にいきなり居なくなって2回目のOD。

あ~、なんて無力なんだろうって思った。

あの日のこともしっかり覚えているよ。

 

引っ越しをするために、仕事を12月で辞めたけど、

ODしてからは、有休を使いながらも全て使い切って、

欠勤しながら長男をみてきた。

正直、パパの理不尽な言動に疲れ果ててる。

パパの気持ちも考慮してきた。

仕事も彼女のこともパパの思いを出来る限り優先した。

それなのに?っていう事が多々あったから、

私は傷つくことを言ってしまったかもしれない。

それでも、「本当は言いたくないんだけど、

どうしても気になることがあるから、言わせてね」

「責めるわけではないけど、私の思いも理解してほしい」

と、傷つけないような前置きと言葉選びをしながら話した。

でもね、結果傷つけてしまったり、キレられて反論したり、

本当に苦しいことが沢山あった。

すぐ泣く癖もあり、それはパパにされてきた長年の積み重ね。

それがどうしてもわたしの中から消えないから、

余計なんだよ。やっぱりこうなるの?って。

 

彼と出会ってから、ずっと彼に支えてもらってきた。

基本、人に相談するのが苦手だったし、

離婚する前は、パパに「誰にも言うなよ」って言われてきたから

言えなかった。色んな人間不信も重なって、心も開かなくなった。

それでも、離婚してから、職場の友達に何回か話したけど、

本当にそこまで話すことはなかった。

話しても内容が重すぎるから、相談とかしたくなかったし、

こんな言い方酷いのかもしれないけど、

結局自分で解決しなければならないんだと思っていたから。

もちろん、彼の存在は大きくて、彼には全て話したし、

不安定になった私も見せてきて、丸ごと受け止めてもらった。

それがなかったら、私は今居ないかもしれない。

彼とは遠距離だから、すぐに会えるわけではない。

本当は来月2日に彼のところに引っ越す予定だったけど、

それも延びた。私が決断したし、彼もそれは受け入れてくれた。

再来月以降も私はここに戻ってくる。そんな二重生活が続く。

こんなに理解してくれる人は彼しか居ないと思っている。

1月19日に会ったけど、2月は会ってない。

とてもじゃないけど、多忙すぎて遠すぎて会う時間が私たちにはなかった。

もうすぐ会えると楽しみにしながらも、わたしの中の不安は消えなくて、

長男の様子をもう少し見ることにした。

その中で色々私の予定もあるけど、、今の状態で行くには酷すぎる。

彼さん、ごめんね。

 

離婚してから、近くにいる人に頼るかというと、

そこまで頼った記憶がない。

基本、私が頑張らなくちゃ!私がしっかりしなくちゃ!って

走ってた気がする。

誰に相談しても解決できないと思ってしまったから。

 

11月22日からお世話になっている今の病院は、

いつも私が長男に付き添っていた。

私からパパに色々話すけど、多分すべては届いていない。

今の現状をすべて把握できてはいない。

仕事より家族だ!と言いながら、どうしても休めないからって言う。

それは仕方ないと思うよ。

ならさ、「家族養うために仕事もやらなきゃなんだよ」って、

言ってくれたらいい。わたしは理解はする。受け入れる。

 

今月、またいきなり居なくなろうとした長男を、

通院先の先生が「入院しましょう」といってくれた。

不安でいっぱいだったから、そこは有難いと思った。

長男の命を救うためにもって。けど、任意入院だったため、

結局、退院したいとなり、一週間くらいで退院になった。

今回の入院をきっかけに、

初めて、精神保健福祉士さんと話したの。

寄り添ってくれるって内側からにじみ出ていて、

泣きながら話してた。今までの事たくさん話した。

そして、先生も本当に長男の為にすぐに行動してくれて、

いつでも、「何時においで」って受け入れてくれて、

本当にここまでしてくれる病院ないってくらいに

感謝している。

 

退院してしまったことに対して、先生から謝罪された。

受け入れ先がちょっとダメだったね、私の判断ミスって。

いやいや・・・そんなことないんだ。

精神保健福祉士さんも、とても親身になって、

入院中も話を聞いてくれて・・・

頼ろうって思えたんだよね。

いつも自分がやらなきゃ!って肩の力抜けないから、

限界だって思っても、乗り越えてやるってなって、

そこで「死にたい」ってなる。

昨晩は、彼に「死にたい 死にたい」ってLINEしてた。

 

彼が、

「〇〇〇から話しないで、病院から話してもらった方がええ」

と言われて、パパに話をしてもらおうと思ったんだけど、

退院して、パパとちゃんとした話合いができたと思い、

これなら安心かもしれないと思ってしまって、

特にそこはお願いはしなかった。

でも、昨晩、パパと話をして、「あー、だめだ」って。

これ、私が話して済む問題じゃないって思ったの。

もう、私は無理だって。

 

さき、電話をして、パパとの長男の会話の中で

長男が「死にたい」を何度も繰り返していることと、

パパは今まで一度も今の病院にいってなくて

(一度行ったかも?しれないけど、先生とかに会ってない)

基本全て私だから、直接、診察で話を聞く私と、

私からその結果を聞くパパとでは感じ方が違うかもしれないということ、

そして、引っ越しを延ばしましたということを話したら

「お母さんも辛いよね」って言ってくれて。。。

それは、先生もそうだし、精神保健福祉士さんもそうで・・・。

精神保健福祉士さんに

「私から話すにも限界があって、

〇〇さんからお話をしてくださると

また違うんじゃないかと思いまして。。。」と言ったら、

「もちろんいいんだよ。でもね、パパが来ないでしょ。

来たことないよね。診察の後に面談するからそうしよう」

と言ってくださった。

その後先生に電話が代わって

「パパは、〇〇〇くんは来なくていいから、

別個で話をしましょう。来週ならいつ平気?

パパには話をしてもう少し〇〇〇くんと向き合ってもらわないと

駄目だからね。お母さんばっかりじゃ、つらい」

そんな風にいってくれたの。

 

ほんと思いが溢れすぎて・・・

引っ越しするときに病院にお手紙でも書こうかな(笑)

でも、引き続きお世話になるからな(;^_^A

 

今まで、長男のことで本当に苦しくて苦しくてたまらなくて

正直、何度も死にたくなった。

元から、モラハラ受けてきて、自己肯定感なんてないし、

それでも、必ず子供たちを守るって生きてきたし、

だからといって、強いわけではなく自傷もしてきたし、

鬱になり、お薬飲んだし、周りにも迷惑かけた。

頼りたくても頼れない性格で、自分でなんとかしようと頑張った。

彼は彼で、たくさん支えてくれたし、本当に感謝しているけど、

彼以外でっていうのが、今まで居なかったの。

 

不安で毎日動悸がするし、消えたいって思うし、

なんで生まれてきたんだろうとか、

私が生まなければ良かったのかなとか、

私が存在しなければよかったんだとか、

最後は、自分を責めるという形で終わる。

責めて責めて、彼に助けられた。

 

長男がいきなり居なくなろうとした日、

あの日を境に、私の周りの環境が変わった。

人間不信な私が、頼ろうって思えた。

守るべきものを守るために、私は寄り掛かりたいと思った。

 

彼さん、わたし、3月13日までこっちに残るね。

一生懸命、アパートの入居の為に動いてくれてありがとう。

彼も本当に忙しくて、体壊しちゃうんじゃないかってくらい、

自分の引っ越しと私の引っ越しと、子供のことと仕事と…って、

1月の下旬くらいから2月は、目まぐるしかったよね。

私が行くまでに、できたら、眼科と腱鞘炎の通院してね。

自分を労わってほしい。私は、なんもできないかもだけど、

子供たちに直接的じゃなくても何か出来たらって思ってる。

小さいころから、子供たちを守るために必死に生きてきた。

だから、私は最後まで諦めないね。

でも、弱いから、また弱音吐いて倒れそうになるけど、

このままじゃ誰も幸せになれないから、

頑張ってはいけないっていうけど、頑張ってみるよ。

支えてください。

 

私が引っ越す予定だった3月2日に、

パパと先生と精神保健福祉士さんがお話をします。

その話が、よりよい方へ導けますように。

まだまだ時間はかかるのは覚悟しています。

それでも、長男の心が少しでも軽くなることを願って。

 

そして、こうして支えてもらっているということに

感謝の気持ちを持って毎日を過ごしたいと思う。