あたしは

幸せになってはいけない

心から笑っても

楽しんでも

何かを望んでもいけない



本気でそう思ってた




ただ死を待つだけ





自分が死ぬことでしか

償えない




何度も何度も


死のうとした






でも死ねなかった





なんか自ら死ぬのって


違う気がした




罪悪感から逃げるだけ






逃げるのって

実は簡単で




死ぬまで

罪悪感に苛まれ続ける方が

正しいし苦しいし

大変な気がした





生きながら死ぬことって

難しい
「都立だと行ける高校はありません」


担任が言った




あとは残り三人から

あたしへの苦情




別に高校なんて

どーでもいいあたしは

この話し合い自体どーでもよかった




mamaは違った

冷静な声で先生達にいった

「私はうちの子に勉強のためにこの学校に通わせてるわけじゃありません。友達と楽しく生活を送るこのために学校に通わせてるだけです。なのでこの子の進路について、あなた方に相談するつもりもございません。」



先生「じゃーあたしさんは高校には進学なされないということですか???」


M「こことこことここを受験させるつもりです」




先生たちは驚いた



なんせ私立高校のトップ3校

全て偏差値70オバーの学校だったから。





先生「お子さんは転校してきてから定期試験を一回も受けていらっしゃらないし、授業もなかぬけばっかりしてるから、実際われわれはこの子のレベルをしりません。しかし、この3校は無理なんじゃないでしょうか?」






今思えばmamaって

モンスターペアレントだよね


でも母子家庭だから

無理って思われたくないって思いが強かったんだよね





中学のころ

荒れてたけど

勉強は好きだったんだ



学校の勉強はくだらなかったけど



自分で勉強するのは好きだった


でもmamaやおねぇちゃんに

勉強してるのがバレるのがいやで


勉強する時間はバレないように夜中から朝方

ベットにねっころがって

テレビをつけて耳栓をする

で朝、テレビの音がうるさいって

mamaがあたしの部屋に消しにきた頃に寝てたっけ





たまり場でも

友達にバレないように

eggでかくしてNewton読んだり




あの頃は

papaがいる天国と

交信する方法が見つかるんじゃないか

と思って勉強してたんだよね
公立中学に通い始めたあたしは


さらに荒れた




生きてることが

どうでも良かったから





ただ死ねる日を

papaの元にいける日が来るように

祈る毎日だった





中3になり

進路相談3者面談のとき




あたしとmamaが部屋に行くと

担任、学年主任、二年生の時の担任、部活の顧問、

四人が待ちかまえてた。



そして謎の6者面談が

はじまった。