『働く』ことへの憧れは消えず | ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。

ASDの中年男性の人生の生き方。ときどき投資。

シェアハウスで社会不適合者たちと暮らしています。発達障害(ASD)だから社会に適応できません。どうやら唯一トレードが好きだから、ひたすらトレードしてるかなぁ。

最近は大自然の中で農作業が主です。生きることは難しい。

無職になって5年が経つ。


早期リタイアといえば聞こえが良いが、個人的には働く人生が良かった。


生まれてこの方、金持ちになり悠々自適な暮らしとかに憧れを抱いたことがない。


なんせ趣味というものがないから、働かないライフスタイルを選択したからといって特に何にもすることがないし、やりたいこともない。


なんとなく村の手伝いをして時間を潰すしかなく、ふとしたときに心を掘り下げたら本当にタヒにたくなる(しかも村の仕事とはいえ、やはり自閉症状の影響のせいかロクに仕事ができない)。


何にもやることがない日は、目的地もなくひたすら電車に揺られたり、または眠剤をODして強制的に眠るようにしている。


早く時間が過ぎ去り、老化してタヒ期を早めるよう努める。


ASDの人生は、ホントに詰んでると思う。


障害福祉の世界ではキレイごとは幾らでも言える。しかし当事者として経験しなければ痛感できないことが多すぎて「どうやって生きていけって言うんや」とか「人生オワタ」勢が多い。


2ちゃんねるではガチもんの当事者の声が聞けるのだが、「そうなんだよな…」と共感しかない。


どうやら健常者は「障害者は障害年金もらえるから良いな〜」みたいなことを言うらしいが、そんなことを言う奴には「だったらガチでこの脳ミソで生きてみるか?」と言いたい。


生まれながらに定型発達になって人生を歩めるならば10億円払ってもいい。100億円でもいい。今は40歳を超えた年齢なら、恋愛も婚期もキャリアアップもどうでもいい年齢なので3億円くらいでいいかなと思う(もちろん換価では表せないほどだが)。


働いてた頃は、ホントに虚しさしかなかった。毎日忙しく働いても、不思議なことに周りの同僚はキチンと恋愛や旅行やらプライベートが充実した休日を過ごせるのに、自分は仕事がある平日はおろか、休日にはまったく動けずに1日が終わってしまう。


そんな日常で自分には恋愛や結婚などライフイベントを経験できる気配がまるで感じられず、周りの同僚たちはそれを経験していく。


社会人してるのに、まったく社会とマッチングしない寂しさや孤独感は痛烈だった。


障害者が働くって、仕事上の報連相やマナーやら能力が語られるが、こんな風にライフイベントを経験できない寂しさなどは語られない。個人的には仕事よりもこれが辛すぎた。


「なんのために生きてるんだろうな…」


毎日毎日残業が当たり前で夜中に勤務が終わる病院で勤めて、しかもちょっと組織では上の立場だったから責任を負われ、あれこれ走り回って仕事しても虚しさや寂しさで涙が流れてくるし、終いには何にも感じなくなって無になり、心身が破綻した。


その後、障害者用の職業訓練校に通っても、仕事上のマナーやスキルを養うだけ(当たり前だけど)。


「こっちは20年も社会人やってるんですが…」という気持ちは黙殺し、だけど国のカリキュラムに従うしかない。義務教育しか受けてこれなかった周りの障害者は20代くらいの、なんなら引きこもり出身の人も珍しくないから仕方ない。まったく同じカリキュラムを履修する。「いやいや、入校する前に職務経歴書提出したやんけ…」と思いながら、初歩的なビジネスマナーを学ばされる。


就職できたところですぐ離職する人種だし、「就職させる意味ないやんけ」と馬鹿らしいと思いながら通学した。


だったら職業訓練校では生活保護の正しい知識の普及や行政の“窓際作戦”に対抗できる受給のノウハウを教えたほうが良い(もはや『職業訓練校』の意味を成していないが)。


障害者が『働く』ということ。


これは世間的には賃金が上がらない社会構造の中で、働きたくない人たちがFIRE目指すとか何とかって言われてるが、それでも働く素質のない我々障害者からすればどれだけ健常者が羨ましいことか。


歯の浮くような甘美な言葉で喧伝される障害福祉界を眺めると、当事者たちは「またアイツらキレイごと言ってら」と思いながらも今日も社会の片隅に追いやられ、肩身の狭い暮らしを余儀なくされるのである。