イメージ 1

 シャクティ・ガウェインの『ポジティブ・シンキング』を初めて読んだとき、自分自身がネガティブ・シンキングの傾向があったことに気づけたので、それなりの効果はあった。しかし、かつてのチャンちゃんのような人に対してポジティブ思考は底上げとしての効果はあるだろうけれど、さらに上昇させるブースター効果はないらしいことを多くの人々が本当は感じているはず。
 最初から最後まで全部口語で書かれているから、スラスラ読み進んでしまう。2009年8月初版。

 

 

【ポジティブ思考なんて、無理やりするものではない】
 自分で目標を定めるということは、とてもいいことですが、「目標や、夢が見つからない!」という人に、「ポジティブになりなさい!」ということ自体、相当キツいことなのです。
 私は、それをやろうとしてすごくムリをして、疲れきってしまった人もたくさん見てきました。
 ・・・(中略)・・・ 
 ポジティブ思考なんて、無理やりするものではないのです。
 だからといって、もっと悩みなさいということでもありません。
 「もう無理して、そういうことするのはやめよう」ということなんです。
 無理をして肩に力が入っていると、人間的な魅力が減ります、ほんとうの友だちもできません。(p.8-9)
 無理してボジティブであろうとすることがキツい理由を、チャンちゃんなりに考えてみた。
   《参照》   『脳を活かす生活術』 茂木健一郎 (PHP)

             【楽観回路を深く豊かにする】

 この本には、ポジティブ思考なんて、無理やりするものではないということが書かれているだけで、そこから先、代替案なりの伸展した記述があるわけではない。しかし以下のように書かれている
 この本は、「成功法則」を書いたものではありません。
 あなたが幸せに成長していくための「成長法則」を書きました。
 ですが、これが今のあなたに一番必要な、大きな意味での成功法則かもしれません。
 『成功』よりも『成長』することのたいせつさ、楽しさ、喜びに気づき、そのために今の自分に【本当に必要なものは何か】を知る。
 この本があなたにとってそのきっかけになればうれしいです。(p.10)
 結局、上記書き出しがポジティブ思考の代替案なのであり、最も正当と思われる答えなのである。
 下記リンク書籍にも同様なことが書かれている。さらに本質的な解も書かれている。
   《参照》   『退散せよ! 似非コンサルタント』 船井幸雄 (李白社) 《後編》

             【ポジティブであろうとする前に】 【これが答え】

 

 

【悩みや苦しみは、いってしまっていい】
 悩みや苦しみは、いってしまっていいのです。
 ただし、そのためには、それを「いえる人」を見つけてください。誰にでもいい、ということではなく、まずそういう人を見つけるのです。
 それから、「いい方を考える」というのも大切です。(p.43)
 何かしら悩みを抱えながら宗教などのグループに属し、言われるままに視点を変えてポジティブな活動に勤しみながらも、悩みが解決していない場合、行き止まりになってしまう人が多いだろう。話し相手なんて最初から最後までいなかったのである。そいう人は、孤立無援という感慨のままにいずれグループを止めて去って行く。

 

 

【「今日一日、何か楽しいことありましたか」】
 私はこれを習慣にしているのですが、一日が終わって、眠る前に「今日一日、何か楽しいことありましたか」という質問を自分にするんです。
「今日、幸せでしたか? 今日楽しいことあった?」って。
 あるときもあれば、ないときもあるでしょう。
「ありました」ってすぐいえるときは、「じゃあ、どんなことがあったの?」と重ねて質問します。
 ・・・(中略)・・・ 。
「ないです」というとき、「ほんとにないの? ちょっと探してみようよ」と考えてみると、一日に1回くらいは楽しいことって見つかるものです。(p.111)
 自分の心を持ち上げてくれるのは人との会話だけじゃない。自分で自分の心を持ち上げる。ここに書かれているのはその技術の具体例である。

 

 

【中途半端はよくないよ】
 体が疲れるまで泣くというのは、まず頭が痛くなって、それから眼球の奥が痛くなって、まぶたが開かなくなるくらいまで泣くということです。そこまで泣くと、まぶたがくっついてしまって、涙が出てこなくなるんです。
 泣くならそこまで泣いたほうがいいと思います。そこまで泣くと、泣くこと自体がバカバカしくなっちゃうんです。
 私がそこまで泣いたのは10数年前のことでした。
 ・・・(中略)・・・ 。
 とにかく、なにをするにも、「中途半端はよくないよ」ということなのです。
 泣くのも中途半端、笑うのも中途半端、ため息も中途半端。人と比べて、落ち込むのも中途半端。それじゃダメ。
 一回とことん地獄を見るぐらいまでやらないと、人間ってわからないというのが、この本の根本です。(p.148)
 悩みを抱えているとかって言いながら長いことウダウダ言っている人って、結局、どん底まで落ちた経験がないのである。どん底まで落ち切ってないからいつまでも底を蹴って上昇できない。
 やることも中途半端、落ちることも中途半端。まるでチャンちゃんの世界である。
 中途半端なまま、いつまでも今日と同じ状態の自分が、いつまでも続いてゆく。

 

 

【切り変えないと・・・】
 そこまで自分が裸にならないと、本当に泣くということはできないはずなんです。
 ここでお話したいのは、単に「泣く」という事象だけではありません。泣くということで、「今日、たった今までの自分とオサラバしましょう」ということなのです。
 オサラバというのは、考え方、行動、人への接し方、勉強の仕方・・・すべてです。それをやらないと、いくらたくさん自己啓発書を読んで、リセットしようとか、素直になろうと思ったところで、また元に戻るだけです。(p.159)
 コップに入っている古い水にオサラバしてこぼしちゃわないと新しい水が入らない、ってこと。

 

 

 

<了>