過去に一度読んでいた本でしたが、西浦さんの 『バトル・アビー こころの教育』 を読んだ後、思い出して再読してみました。
著者の米長さんは、50歳で将棋の名人位につき、その後、石原慎太郎・東京都知事に請われて、東京都教育委員になった方です。現在63歳。
【左翼が目指す、学級崩壊】
東京都国立市の学校には、校長先生に土下座をしろと迫った学生がいた、と書かれていたのを読んで、たいそうビックリしました。この背後には、日本の教育を潰そうとする共産党を支持母体とする日教組の教員がいたのです。
米長さんは、「先生も生徒も平等である」 と安易にいいたがる無教養な大人や、左翼の低脳教員に、ハッキリ 「NO」 と言います。「先生と生徒が平等であっては、教育は成り立たない」 と。
米長さんのように、当たり前のことを堂々と言える人が、余りにも少ない日本社会の方がおかしいとも思います。
【米長さんの態度から教育を学ぶ】
米長さんは50歳で将棋界の最高位である「名人」になったのですが、その過程を、米長さんの別の著作で読んだことがあります。
<『勝負の極北』(クレスト) か 『人生における勝負の研究』(詳伝社) か 『運を育てる』(クレスト)>
近年の将棋界には若者の台頭が際立っているそうです。そこで、米長さんは若手の戦法を学ぶために、彼らの処へ頭を下げて教えを請いに行っていたそうです。そんな数年を経て獲得した名人位だったのです。
若者の実力を決して見縊らないどころか、頭を下げて若者に教えを請うことができる程の人物である米長さんが言うのです。「先生と生徒が平等であっては、教育は成り立たない」 と。
米長さんは、「先生だから偉い」とか、「生徒だから従うべき」 と言っているのではありません。名人位を獲ることのできるほどの実力者であった米長さんでも、学ぶ立場である場合は、若者に対して頭を下げて教えを請うていたということです。
「学ぶ者としての自覚が、教えてくれる者に対するおのずからなる敬意となる」 ことを米長さんは身をもって示しています。
年端の行かない子ども達に対して、「先生と生徒が平等であっては、教育は成り立たない」 という考えを提示し支えるのは、父兄であり社会全体のはずです。
【外国で尊敬されている日本人を、なぜ教科書から消すのか】
1904年の日露戦争で、ロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎は、ロシアを怖れている国の人にとっては大へんな英雄です。
フィンランドには、「トーゴー」 というブランドのビールがあり、トルコには、「トーゴー通り」、「ノギ(乃木希典)通り」、「コダマ(児玉源太郎)通り」 が現在もあります。(p.150)
当然ですけど、これらの日露戦争でロシアを破った英雄の名前を教科書から消したがるのは、左翼以外の何者でもないということです。
【優秀な女性が活躍する社会】
社会的に大活躍する優秀な女性は、世界中どこの国であれ少なからずいます。しかし、そういった女性をモデルにして、社会のあり方を考えるのは危険だと思います。
社会的に活躍する女性は、少なからず家庭を犠牲にしているものです。その点を見落として、男女平等を主張するのであるならば、正に左翼にとっての絶好の葱鴨です。 その主張の延長上には、「女性も銃を持って戦場に立たねばならない」 という義務が発生します。一般の女性がこんなことを望むとは思えません。 戦場に出て、愛する者たちを命にかけて守ろうとするプライドは、男性の側だけにあれば十分ではないでしょうか。女性は、家庭において愛するものたちの安住の棲家を守ることが相応しいように思えます。
【安倍政権は教育を重視していると言う・・・】
どのような、政策を提示してくれるのだろう。「美しい国」の著者に期待します。
<了>