認知症のお父ちゃんと パーキンソン症候群のおかあちゃん そして 末っ子の 未来日記 -7ページ目

認知症のお父ちゃんと パーキンソン症候群のおかあちゃん そして 末っ子の 未来日記

1997年父が認知症と診断、2012年母がパーキンソン症候群と診断されました。1997年老老介護がスタートし、東日本大震災直後、母が父の介護ができない状態になりました。そして、末っ子が 両親の主介護者となりました。

母との同居をスタートしたのは

 2012年11月から
 
 研修などがあり、同居しているといっても
 週2~4日程度 外泊していたり
 ほとんど 実家にいない

 母にとって 期待外れだったかもしれない

 その生活は 12月上旬まで続き 12月下旬は
 自宅の改修を 自分で始めたので
 これもまた ゆっくり 話をするというよりは

 リフォームすることを 邪魔しないでほしいと
 別々の行動と ショートを多用していた

 年末まで リフォームして ゆっくり 母と食事をしたのは
 年越しから3日程度

 知人が泊まりに来てくれたので
 なんとか 喧嘩もせずに(苦笑)

 1月から2月末までは 自分の仕事が忙しく
 夜中の帰宅
 ほとんど 会話もせず・・

 イライラすること 命令口調になる自分に
 嫌気がすることが 多くなる

 3月までの状況から 4月以降の生活と仕事について
 姉に相談しようと思うが なかなかできず

 仕事忙しく 電話やメールにも 反応なし
 
 色々あるが 介護を私にさせて 本人は
 実家まで 15分の距離にいるのに
 今年に入って 2回のみ それも 10分もいない

 ああああああ・・・・・・

 愚痴だけだ

 愚痴しかない

 振り返ると 愚痴しかでないのか・・・・・・・・
本末転倒?

実家に戻ったのは 母親の病気の為 
母親を病院に連れて行くことや 
母親が 体調不良を口にするのは 当然である?
 
ただ。。。母親の口を突いて出る言葉が
いつも「自分の体の不調のみ」だと

うんざりしてしまう

母親が好きな食べ物かな?とか
パーキンソンには これか!とか

色々考え 自宅に戻れば

母親の姿に 思わず いらつく

そして ついつい 命令口調になり
母親も 反発する
反発する母に イラつき 声を荒げる

 さて これは どこかで 終わらせる必要があるのだが
 話にはならない・・・

考えることを 放棄している
 喧嘩すると
 次に出る言葉は 「このまま 死んでやる」

それは 聞き飽きたと思う

勘弁してほしい

自分の口からでる 言葉が この言葉を 母親の口から
暴言として発せられ そして 自分を傷つける

言葉は 他者を傷つけるだけではなく
己の身に 帰ってくるのだろう

さて、このスパイラル どうやって止めるか!

やり方は わかっているのだ

自分が 優しい言葉を使い
母親ができることや できるようになったこと
褒めてあげることだ

でも それができないのである

母親の介護 看護のために 実家に戻ったのだから
母親の通院につきあったり リハビリしたりすることに
付き合うのは 当たり前かもしれないのだが

なぜだろう どうしてもできない

イライラするのだ

介護する私・・・40代は 求められる責任が大きくなり
ストレスがでる
さらに 体も変化する40代
下り坂である

・・・・

私は 実家に戻った・・・
以前の母の姿を 実家のどこかに探しているのだろう

てきぱきと 動き 食事の用意をしてくれた母親の
姿を求めているのだろう
会話も 病院やら通院やらの内容ではなく
温泉やら 買い物やら 夕飯に何を食べるか
・・・・そんな

以前の 母親 元気な 母親と生活したいと 思っているのだろう

でも 現実にあるのは
布団に横になったままで
どよんとした 目で 見られることに
明らかに イラつき そして
憐れんでほしいと 訴える目線に
逃げ出しくなる

世間の親が 元気であることを うらやましいと 思う自分が
嫌になる


そうだ 私は 救急担当だ

色々な面からも 私の役割りは 一時的な救急担当であると
思うことが 大切なのかもしれないな~ 
母の状況は 変化しているのか?

4日間不在にして 実家に帰ると
鍋をこがしたようだ

味噌汁をわかすなべが 焦げていた

部屋の空気が どんよりしている

ひさしぶりに 帰ってきた娘に 
「病院に検査に行かなければ」と
後ろにくっついて くる

な??? 整形から骨粗しょう症の検査にくるようにと
言われている
今日行かないと先生に怒られると!

「病院」に連れて行ってほしいということばと
「体調が悪い」

彼女は この言葉しかしらないのか?
と思うほどである

新聞に  なかにし礼さんの 「生きる力 心でがんに克つ」
という本のタイトルをみつけて
考える

母はとにかく 病院にいけば 何とかなると思っている
「病院」にいく!
しかし
病院に行き 「生きる」ために 病院にいくという
前向きなものであれば つきあう気にもなるが
病院にいき ただ 今の自分を病人扱いしてい欲しい
という 人のためには 付き合う気持ちになれない

そういう気持ちになるのは ダメ娘だろうな~

先日 自分の体調も良くなかった

病気になれば
「不安」になる 体が思うように動かなければ
「イライラ」するし 落ち込む
少しでも 動けると嬉しいし また 悪化すると このまま
治らないのではないかと 心配する
「ストレス」をためないようにおもうけれど
現状では ストレスをためない生活は 困難である

であるならば いったいどうしたらいいのかと
マイナスの思考に 取りつかれる

「嫌なことをみつけては」 これがあるから「ダメだ」と
記憶を定着させる

自分の最後は 自分で決めることができないのかもしれない

でも 自分の今日や 自分の明日 どう生きたいか
今をどう生き いつ 最後がきても 大丈夫と思える
生き方ってどうなのか

母のように パーキンソン病の場合は うつ病が併発していることもあり
体も 動かなくことから
なかにしさんのように 自分の治療を探すことができないのかもしれないが

一度手にしてみようと思える

生きる力 心でがんに克つ/講談社
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まだまだ 春は先なのか?

なんだか 油断していると 雪が降る
足元が 冷たい風が吹き抜ける・・・
思わず 足踏みをしてしまう・・・

介護も同じ?
もう少しで 良くなるか?

油断していると 転倒して まだまだ
スタートに戻る・・スタートというよりも
新しいスタートができる・・
繰り返しに 泣き言を言いたくなる

さて。。。。。母との同居で
以下のことを考え 行動したが
よかったものか?

よかったのだと 誰かに承認してもらいたい心境になる

ほんとに これは 良い判断だったか?
急に不安に襲われる
忙しいときは それを理由に判断を振り返ることがないが
急性期が落ち着くと 病気の症状から 自分が両親に判断したことが
よかったのか 恐怖になる

そんな時は 「大声」で泣きたくなる
誰かに ぎゅーと 抱きしめて欲しくなる

誰の決断だって 結果はある
その結論が正しいとか正しくないとは
その人の立場で異なる

わかっているのだが
理解しているつもりでも
泣きだしたくなる

TVを見ては 急に涙がでたり・・これは 完全に介護うつだな~って
思ってみても その 介護うつを解消する 術をしらない・・・

おもいっきり 泣きだし
今の状況を吐き出したら
心の「おり」が溶け出すかな?

独居や老々で生活していた実家で
両親や義理の両親の介護をする際に
是非やってみて欲しいこと

 ①  掃除
 ②  断捨離

①掃除
勝手に リフォームしたり 捨てるのはNG
思いっきり 再び家族になるためにも
その、新しい家族が 生活を共有するスペースだと
いうことで 掃除することが大切だと思う

②断捨離
最後のお見送りをした後でも良いのかもしれない
でも・・・思わず?これなに?この写真誰?
どんな人生だったか?
知っているはずの 自分の両親の過去
自分が知っている過去は 自分の両親になってからの
結婚してからの両親であり
その前の 人生を知らない

古い写真がでてくると 思わず 手を休めその記憶をたどってしまうので
大きなものを かたづけ 最後にアルバムに着手をすすめますよ

アルバムを見ながら 人生を振りかえるのはどうだろう?

先日 入院中の父の所に 古い写真を持って見舞いに行った
既に 記憶が曖昧で その写真に写っている人の名前がでない
けれど 表情に変化があった

これまで 今の父の写真を撮り すぐに見せると
表情が曇る
自分?そんなはずはない・・これは 自分の父親だと
「おじいさん」であると 反応し その後は おびえ
不機嫌になる

先日は 写真に興味を示し 自分であることを
自分の若い写真は 自分であり
写真に写っている人を思い出そうとする・・

その人たちが 誰なのか?
私も知りたい

父や母が どんな 人たちに囲まれ育てられてたか?

ちなみに 古い成績表なども出てくる
生活態度に思わず笑う・・・だって よく 子供たちに注意していることが
自分たちが言われていたことだと

自分のアイデンティティを 考えてしまう

大切な 自分たちの転換期の役割りなのかもしれないな

介護の本は色々だな~ 何冊か参考になる本を読んでみようと思う
まずは 


母に歌う子守唄 わたしの介護日誌/朝日新聞社
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