まだまだ 春は先なのか?
なんだか 油断していると 雪が降る
足元が 冷たい風が吹き抜ける・・・
思わず 足踏みをしてしまう・・・
介護も同じ?
もう少しで 良くなるか?
油断していると 転倒して まだまだ
スタートに戻る・・スタートというよりも
新しいスタートができる・・
繰り返しに 泣き言を言いたくなる
さて。。。。。母との同居で
以下のことを考え 行動したが
よかったものか?
よかったのだと 誰かに承認してもらいたい心境になる
ほんとに これは 良い判断だったか?
急に不安に襲われる
忙しいときは それを理由に判断を振り返ることがないが
急性期が落ち着くと 病気の症状から 自分が両親に判断したことが
よかったのか 恐怖になる
そんな時は 「大声」で泣きたくなる
誰かに ぎゅーと 抱きしめて欲しくなる
誰の決断だって 結果はある
その結論が正しいとか正しくないとは
その人の立場で異なる
わかっているのだが
理解しているつもりでも
泣きだしたくなる
TVを見ては 急に涙がでたり・・これは 完全に介護うつだな~って
思ってみても その 介護うつを解消する 術をしらない・・・
おもいっきり 泣きだし
今の状況を吐き出したら
心の「おり」が溶け出すかな?
独居や老々で生活していた実家で
両親や義理の両親の介護をする際に
是非やってみて欲しいこと
① 掃除
② 断捨離
①掃除
勝手に リフォームしたり 捨てるのはNG
思いっきり 再び家族になるためにも
その、新しい家族が 生活を共有するスペースだと
いうことで 掃除することが大切だと思う
②断捨離
最後のお見送りをした後でも良いのかもしれない
でも・・・思わず?これなに?この写真誰?
どんな人生だったか?
知っているはずの 自分の両親の過去
自分が知っている過去は 自分の両親になってからの
結婚してからの両親であり
その前の 人生を知らない
古い写真がでてくると 思わず 手を休めその記憶をたどってしまうので
大きなものを かたづけ 最後にアルバムに着手をすすめますよ
アルバムを見ながら 人生を振りかえるのはどうだろう?
先日 入院中の父の所に 古い写真を持って見舞いに行った
既に 記憶が曖昧で その写真に写っている人の名前がでない
けれど 表情に変化があった
これまで 今の父の写真を撮り すぐに見せると
表情が曇る
自分?そんなはずはない・・これは 自分の父親だと
「おじいさん」であると 反応し その後は おびえ
不機嫌になる
先日は 写真に興味を示し 自分であることを
自分の若い写真は 自分であり
写真に写っている人を思い出そうとする・・
その人たちが 誰なのか?
私も知りたい
父や母が どんな 人たちに囲まれ育てられてたか?
ちなみに 古い成績表なども出てくる
生活態度に思わず笑う・・・だって よく 子供たちに注意していることが
自分たちが言われていたことだと
自分のアイデンティティを 考えてしまう
大切な 自分たちの転換期の役割りなのかもしれないな
介護の本は色々だな~ 何冊か参考になる本を読んでみようと思う
まずは
- 母に歌う子守唄 わたしの介護日誌/朝日新聞社

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