認知症のお父ちゃんと パーキンソン症候群のおかあちゃん そして 末っ子の 未来日記

認知症のお父ちゃんと パーキンソン症候群のおかあちゃん そして 末っ子の 未来日記

1997年父が認知症と診断、2012年母がパーキンソン症候群と診断されました。1997年老老介護がスタートし、東日本大震災直後、母が父の介護ができない状態になりました。そして、末っ子が 両親の主介護者となりました。

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生きるということの中に

 色々なライフイベントがある
 
 その中で、仕事をする時期もあると思う

 要するに その都度 「10」をどのように「配分」するかではないのかな

 そして、それをできること。環境整備も必要だし
 その環境を「感謝」する気持ちも必要

 コミュニケーションやマナー

 他者との距離感や他者に共感できずとも
 他者の状況を理解しようという 働きかけや行動が
 その次の社会を生きやすくするのではないかと

 思うんですよね

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151129/k10010323231000.html
母が 脱水と貧血で入院した

内視鏡検査結果では
胃に 複数の潰瘍痕であり
赤くびらんであるようだ

下血しているかどうか
本人が 排便がないので
確認できず
これで 血液検査で大丈夫なら
胃潰瘍で 治療がスタートするのだろう


ふと・・母の介護日誌を確認してみると

なんと!

類天疱瘡の合併症に

 胃潰瘍とか
 高血圧とか
 貧血って 自分で記録している・・・

そう! 注意するべき事柄であった

ご飯をたべないで 朝薬を飲もうとする母に
ご飯をたべてからと 何度か注意していたが

朝ごはんの前に 必ず水をのんでから
ご飯を口にするようになったな・・とか

体重が 食事しているはずだが
なかなか増加していない
それどころか 減少していると
きづいていたのだが・・・

その変化に気づきながらの
うまく コミュニケーションがとれなくなってきている

そう・・・反応も すごい ゆっくりで
こちらのペースでは イライラで・・

動きが悪いのは・・気持ちのせいで
本人は 病人のふりをしていると・・・

真剣に 本人の立場になってなど
状況を確認することもなく
できなくなったことを
最期はせめて・・攻撃していた・・

きっと ステロイドを服用して 1週間から2週間で 
胃潰瘍になっていたのだかもしれないと

今さだですが
 自分の意思決定から
思い込みから来たことが
自分の思いが強すぎたことが

母の重荷になっていたこと

母は 娘に迷惑をかけないようにと
全力で なんとかしようとしていたのだが
ふらつきながらも
意識がもうろうとしている中でも
なんとか 娘に
娘に対し 全力で気持ちにこたえる努力をしてくれていたのだと

入院し 看護師さんなどの力をかりて
今、再び 自分の家で生活できるように
頑張っているようだ

ただ。。先生からは 3か月前に戻る体力があるか・・どうか?

そうだろう・・
色々なことがあったのだ・・・

高齢者で 実の子供に面倒を見てもらっている親というものは
実は できるだけ 我慢をする
我慢の限界まで 子供に迷惑をかけないようにと
するからこそ
だいぶ 悪化してから 子どもはその状態を目の当たりにすることもあるのだろう・・

老親はできることは 自分で努力しての結果は
子どもから 受け入れることが 容易ではないのかもしれない

まして、、これが 子どもが一人で 全部となると
どう処理していいか 混乱する・・
誰かに 客観的に 判断できる人が
傍にいてくれたらと そう思うが

小さな事柄 受け入れたくない状況で
思い込みで それから その現状を
直視できずに ・・

色々なことが 心の中で葛藤する

その 葛藤と どう向き合うか・・

これから どうするべきか

母と向き合う時
必要な情報や知識と
そして 今 目の前にいる
母と 真摯に向き合う必要があるのだと

色々なメガネをかけて曇るのではなく
思い込みで 判断しないように

そして 周囲の人の力を借りて
母の介護に 向き合う そういう時期なのかと
思うのです
私は 常識人?である

私は周囲の人の感情を読み
その空気を 悪くする行為が嫌だと思っている

自分のいいたいことを
飲みこんできた幼少期・・・

 なんて ことはない 周囲の反応が怖いのだ・・

 中途半端な自分であることが ばれることが怖いのだ

 何も一人ではできないのに 一人で何でもできると
 知識があれば その知識が解決策を導いてくれると
 子どものころから 本を読んでいた

 でも その本を読んでいたといえるか?
 何も記憶に残っていない

 そう・・知識社会なのだから 智慧ではなく 学術的な
 理想的な 知識が・・・

 結果 目の前の「介護を必要としている人の気持ち」など
 お構いなしで おしつけの介護を ずーっと していたのだ

 だって 認知症の父に 高齢者の母に
 自分の命を守るための意思決定など できるわけない
 できないのだから 私が決めて何が悪いと・・・

 ほんと エゴだらけである

 少し改善したな・・・て 思うのは

 その思いを 母や姉などに 伝える前に
 まずは 「書き出す」 感情を書き出すことをしてきた
 そのまま 感情のまま 話をしても 
 まったく 伝わらないのだ
 そう それは 自分自身もまとまっていないのだから

 もちろん 書き出したことなど 忘れて その時の感情で話すこともあるが
 しかし 一度感情を紙に書き出している事で
 強烈具合が 少しだけ トーンダウンしているように感じる


 カウンセリングとか 話すことで 感情を「放す」「離す」ということができて
 自己の整理に役立つというけれど 
 なかなか すぐに カウンセリングって 行けない・・

 そんな時は 客観的に「事実」であるか
 自分の「感情」であるかを 書き出すのである

 感情は 普遍ではなく その都度変化するものであり
 「事実」「事象」は その後は過去なので どうすることもできないのだ・・・

 そうなんだよね

 介護する人も 介護される人も
 ストレスなんだよね
近頃 介護 ストレス などで ネットの検索をすることが
 多くなってきて

 「がんばらない介護生活」なるサイトにたどり着いた

 これまでは、なんだろう 知っていたけど
 だから? 集団で何してんの? ぐらいで
 介護は その人それぞれで マニュアルがなんだ・・と
 斜めに見ていたのだが

 既に 多くの方が「介護」という 時間を過ごし
 そして できることなら これから「介護」する人が
 少しでも「幸せ」であるように
 アドバイスなのである

 介護って 急にくるものだったりするから
 慌ててしまう事も多い

 でも、2025年介護は 我々日常生活で
 多くのヒト(男性女性)が 仕事を継続しながら
 親の介護に直面すると言われている

 自分のオリジナルの前に 是非 確認して家族と話し合っていることが
 良いのではないかと思う

 差し迫った状況だと ゆっくり精査することもできないけど
 また、その後 忘れてしまっていたとしても
 記憶の片隅に ある情報をたどって
 各自の必要な情報を得ることができるだろうし
 また 短時間で膨大な情報から 各自が必要な情報を得る事に
 つながって欲しいと思う

 急な介護は 急いで 介護フランを決める必要があるから
 また 介護プランは その時どの状況で変更できるし
 変更するべきだと思うから

 まずは、必要な情報 「思い込み」で ドタバタした結果
 後悔する結果にならないため


それから 思い込みは「完全」とか「完璧」という 理想であり
当事者は 自分だけではない 
周囲の意見や 情報を共有することが とても大事になり
そうすることで 一人で抱え込み また 完璧を目指し
ストレスで 介護する人がダウンしなためにも

 さて、私は ひとまず 深呼吸することにする