私は 常識人?である
私は周囲の人の感情を読み
その空気を 悪くする行為が嫌だと思っている
自分のいいたいことを
飲みこんできた幼少期・・・
なんて ことはない 周囲の反応が怖いのだ・・
中途半端な自分であることが ばれることが怖いのだ
何も一人ではできないのに 一人で何でもできると
知識があれば その知識が解決策を導いてくれると
子どものころから 本を読んでいた
でも その本を読んでいたといえるか?
何も記憶に残っていない
そう・・知識社会なのだから 智慧ではなく 学術的な
理想的な 知識が・・・
結果 目の前の「介護を必要としている人の気持ち」など
お構いなしで おしつけの介護を ずーっと していたのだ
だって 認知症の父に 高齢者の母に
自分の命を守るための意思決定など できるわけない
できないのだから 私が決めて何が悪いと・・・
ほんと エゴだらけである
少し改善したな・・・て 思うのは
その思いを 母や姉などに 伝える前に
まずは 「書き出す」 感情を書き出すことをしてきた
そのまま 感情のまま 話をしても
まったく 伝わらないのだ
そう それは 自分自身もまとまっていないのだから
もちろん 書き出したことなど 忘れて その時の感情で話すこともあるが
しかし 一度感情を紙に書き出している事で
強烈具合が 少しだけ トーンダウンしているように感じる
カウンセリングとか 話すことで 感情を「放す」「離す」ということができて
自己の整理に役立つというけれど
なかなか すぐに カウンセリングって 行けない・・
そんな時は 客観的に「事実」であるか
自分の「感情」であるかを 書き出すのである
感情は 普遍ではなく その都度変化するものであり
「事実」「事象」は その後は過去なので どうすることもできないのだ・・・
そうなんだよね
介護する人も 介護される人も
ストレスなんだよね
近頃 介護 ストレス などで ネットの検索をすることが
多くなってきて
「
がんばらない介護生活」なるサイトにたどり着いた
これまでは、なんだろう 知っていたけど
だから? 集団で何してんの? ぐらいで
介護は その人それぞれで マニュアルがなんだ・・と
斜めに見ていたのだが
既に 多くの方が「介護」という 時間を過ごし
そして できることなら これから「介護」する人が
少しでも「幸せ」であるように
アドバイスなのである
介護って 急にくるものだったりするから
慌ててしまう事も多い
でも、2025年介護は 我々日常生活で
多くのヒト(男性女性)が 仕事を継続しながら
親の介護に直面すると言われている
自分のオリジナルの前に 是非 確認して家族と話し合っていることが
良いのではないかと思う
差し迫った状況だと ゆっくり精査することもできないけど
また、その後 忘れてしまっていたとしても
記憶の片隅に ある情報をたどって
各自の必要な情報を得ることができるだろうし
また 短時間で膨大な情報から 各自が必要な情報を得る事に
つながって欲しいと思う
急な介護は 急いで 介護フランを決める必要があるから
また 介護プランは その時どの状況で変更できるし
変更するべきだと思うから
まずは、必要な情報 「思い込み」で ドタバタした結果
後悔する結果にならないため
それから 思い込みは「完全」とか「完璧」という 理想であり
当事者は 自分だけではない
周囲の意見や 情報を共有することが とても大事になり
そうすることで 一人で抱え込み また 完璧を目指し
ストレスで 介護する人がダウンしなためにも
さて、私は ひとまず 深呼吸することにする