認知症のお父ちゃんと パーキンソン症候群のおかあちゃん そして 末っ子の 未来日記 -4ページ目

認知症のお父ちゃんと パーキンソン症候群のおかあちゃん そして 末っ子の 未来日記

1997年父が認知症と診断、2012年母がパーキンソン症候群と診断されました。1997年老老介護がスタートし、東日本大震災直後、母が父の介護ができない状態になりました。そして、末っ子が 両親の主介護者となりました。


今朝、あの「一番下の叔母さん」が アポなしでやってきた

自分は、義父母や父母がいない(すでに他界)
で。。。介護専門職経験者 今はしていない
(職業病で腰痛になって 辞めた)

で・・嫁ぎ先の親戚で、介護が必要な人がいて
その人の世話をしにいくと・・
シングルの男性と母親の二人家族で
借家住まい

母親が 骨折して、2部屋しかない家では
介護や日常生活ができない
段差があったり 男性だから 無理
で・・・
知り合いのケアマネジャーを紹介して
ショートスティへ入所させた

自分がいなければ 何もできないだろうから
今から 服とか準備しにいく・・・・と

注意:息子さんに 母親の面倒を世話を見て欲しいと依頼されているのか?不明

さらに、近所の高齢者
自宅にいることが 大好きな高齢者なのだが
要支援であり 介護ではない
週1回のディサービスを頼んであげた
おなじようにケアマネージャーを紹介して
介護施設での
「入浴」介助をメインに 依頼したのだが・・・まったく 何もしてくれない
だから 1か月 行くのをやめた

それを メインでお願いしてるのだから
してくれなきゃ・・・と ご不満ガオ

で・・・結局何がご不満かというと

ケアマネージャーを紹介して そして
ディの契約の際にも、施設担当者との打ち合わせで
自分も立ち会い 「しっかり 要望を伝えたのに」

なんで・・ちゃんと してくれないのか!ということで

そう・・・自分が伝えたのに まったく 先方がしてくれない
高齢者のおばちゃんは 不満なので 行かない!
「自分の顔」がたたない!!!!!というのである

紹介している 立ち会っている私の立場がない!!!というのであろう・・・

本人は、何度もいうが専門職に長年従事しており
自分は、かなり 腕のいい職員であったいう自負だろう

話は得意で 思う事をきちんと 伝えることができると
自負しているのだろう

その話のなかで

母の介護は 要介護3だろう?と聞かれた
自分が同居しているのだから ショートに行かせるのはおかしい?的なことも言われた
・・・・・
私の気持ちが どんどん・・・滅入る

で・・・介護認定の際に いかに 支援や手がかかるかを伝えなければいけないのだと
言われた
自分は 要介護2から 要介護3か4まで 更新のときに上手にはなしをして
段階をあげることができる
「末っ子ちゃん! もっと 上手に話しなきゃ」的な
「ポイントあるから」的な・・・
「介護段階高くしておかなきゃ」的な
(苦笑)
母の日常の何をしっているのだろう?
介護のレベルが高くなれば、1年間で体調変化して
介護が必要になった時 MAX使えるって
知ってるさ・・・
そんなことは 理解しているさ・・・
そして できるだけ そのようにしているさ
でもさ・・・できることと できないこと あるさ・・・

それから 去年の認定時期は 一緒に生活して否から
日常の困ったことなかなか伝えられないさ」

失禁をよくするとか・・そんなこと・・・ってことさ・・・

 気持ちの中には 自分が立ち会おう的な部分か
 アドバイスする気満々

 なんだなんだ このおばさん
 この力を どのようにすると
 自分がイライラしたり・・不安になったり
 怒りを増さないで 済むんだろう???

 あああ・・
また この人 姉にメールしたり電話するんだろうな・・・

ああああああああああ

で・・・最後に 震災で建物が歪んで 中もぐちゃぐちゃしている作業場の方へ行き
どこまで 片づけたの? あら ドアついてるじゃない・・・
そういえば 「青いざる」実家にあったけど
「○○おばさんに、実家にあるからもらってきたらいいさ」って
言いタンだけど どうした???的な

笑だよね 実家って 既にこの家を出て行ってから何十年たってんの?
作業場の片づけって どんだけ 大変だったか 知っているの?

 なんなの? なんだ この不快な感情

あああああああああああ

NHKの「あまちゃん」楽しみにみてるんだけど
なんで見ているかって
あの。近所の人たちと夏ばっぱとの関わりをうらやましいね~
って おもったり
自分は この頃
アポなしで勝手に家にくる 親戚にイライラしているのだが
この家は 昔むかしからの
「いだの~?」って
アポなしでお茶のみにくる
時代があって いいな~ って 思ったり
しているのに いざ 自分だと・・・ちょっと不愉快というか
とても不愉快だたり・・・

私も友達んちに フラット行くタイプだけど

そうか・・・・親戚だからだ 叔母たちだからだ・・・・


その煩わしさ

自分のことだけで

人の話なって聞く気 ゼロ の この人たちに いらだつのだ・・・

人の家に「ずかずか」入ってきて
距離感無い人たちが 言いたいことをいって
言い放って でていく 

特に 一番下の叔母は 私が幼少時代に結婚し
毎週末に帰ってくるぐらい・・・
舅や姑との 喧嘩や愚痴を 亡くなった祖母に吐き出しにきていた
こちらの 家族の都合など そんなもん知ったことかぐらいで

人が 宿題していても 本をよんで静かにしてたいと思っている日でも
どんどん 帰ってきた
・・・まああ・・そん時は 必ずケーキやらお菓子やら 持ってくるから
子どもは仕方ないな・・って思う
でも・・・その時の 母は
仕事で帰ってきて ど~んと 居座って 愚痴っている叔母に対し
イライラMAXであり そのご機嫌悪しが 子どもへ向かう・・・・

そうだ・・・この人に対して 何が私のイライラが増すか!!!

そうだ・・・トラウマかもしれない

このひとは 禍のもと??ぐらいの(笑)

で・・・この人が
そうだ!母が救急車で運ばれて入院したとき
私に 「その言葉遣いや、おばさんたちへの態度なんとかしろ」って
言って そして
「母のことは、義理の姉だが 自分の身内であり
 大切にしたい だから・・面倒だって みたい 見るつもりだ」と

あんなに 声だかに言っていたのであるが
現実は・・・どうか?

自分のご都合のいいときに ヒトの家のあら捜しをしていくだけで
何もする気などない
近所にいる 叔母は色々してくれているが
この叔母は 色々あって これない・・・って

忙しいからね 優先順位って 結果 身内だと思っているの??

笑ってしまう・・・

父の様子を伝えても この季節になると 
調子が良くなるからとか 調子悪くする人もいるからとか・・・

統計的な話で 父の現状など 聴く耳なし・・・・

あああああああああああああああああああああ

一番 面倒な人って
中途半端に ヒトに使われて 施設も点々と変わって
それでも 私は介護専門職にいた
そして いつも 辞めるときは
周囲からもっと いて欲しいと いわれる人であり
自分は優秀なのだ
そして その知識を ぜひ 自分の周囲の高齢者やその家族のために
「教えたい」という 親戚だ!!!!!

そう・・・自分の仕事に対し 謙虚さもない
同僚の悪口や施設環境の悪いところだけを
あちこちに ばらまく 「主」で「責任」ある
立場で「最終の決断」したことが ない
そんな 女性の親戚
これが・・・・・
中途半端に仕事している60代女性の親戚が
厄介だ!!!!!!!

自分の辛さや大変さだけで・。。。完結する

あああああああああああああああ

どうしたらいいのだろう

でも・・・・・・・・正直 ブログに色々書いている事で
だいぶ 整理ができる ってことになる

直接話すってことができる環境ではない・・・
誰かに 話を聴いてほしいと思っても
話を聴いてくれる人って 簡単にいないし・・・

でも 書いている事も 同じ?とはいかないまでも
気持ちを整理することに とても 役立つことができると感じる

だって この叔母さんって 私にとって
ある意味 不愉快で 母が気分が悪くなり
ずかずかと他人の家に上がりこむ
配慮があると自負しているが
マナーがない 自分は優秀で ヒトはみな 自分以下であると
そう思っているっと 気づけた気がする
そして 自分も そのような傾向があるのではないかと

今日の新聞広告で
曽野綾子さんの「人間にとって成熟とは何か」という本で
「憎む相手からも、人は学べる あきらめることも一つの成熟」と
ほんと 断シャリだ・・・
「ヒトは年相応に変化する方が美しい」と
ほんと そうだ

正論だけ 一生懸命いっていた 私は
時に ヒトを見下す発言をしていると 思う事もある
でも・・・今 自分の前にある 課題に対し
如何に対応するかで
未来の私が 今以上に「うつくしくなるチャンス」があるのではないかと

気づくことができた

そうだ!!!!!
叔母さんのおかげで
本日も 断シャリできたということだ!


   


人間にとって成熟とは何か (幻冬舎新書)/曽野 綾子
¥798
Amazon.co.jp
介護をされる側も 介護する側も 介護している周囲の人も

それぞれの立場で 頑張っていると思う

例えば、
介護されている人だって
早く元気になりたいとか 自分のことは 自分でしたいとか
家族にこれ以上迷惑をかけないように 元気になろうとか

介護する側も
本当は、すべての介護を家族でいたいとか
介護している人の気持ちを100%思いやって 
本人が望むようにしてあげたいとか
やさしくしたいとか

介護している周囲の人も
家族や親せき 職場の同僚 上司 そして 友人や 介護の専門家も
介護される人や介護している人が
頑張りすぎないように 配慮してくれている

それでも
それでも
やはり どこかで はなしたい
「はなす」ことで その場から「離れ」そして
自分を苦しめている「煩悩」を「放し」たいと
思っているのではないだろうか

そんなとき 誰に「はなし」たらいいのかな?

家族だと 理解してくれるよね
だって 家族だもん

その 思いが 強くなればなるほど
話を聴いてもらえないときの 不満が増大となる

家族は 「あうん」の呼吸で 今 しんどいんだよね
充分わかってくれるよね これだけ言っても
大丈夫だよね だって 家族だもんってね

そして その思いが 家族に重い荷物を渡し
家族は 時に 思いにつぶされてしまう

そして 気づくと 家族がバラバラってこと

みんな 自分の家は大丈夫 我が家は仲良しだからって
思っている

それが 介護って現実が 関係性を崩していく・・・

介護も 「急性期」や「回復期」でも ちょっとづつ変化する
急性期は みんなで!協力していることもあるけれど
回復期では 一人だけの負担になることも多い

親に対し 「同居している家族」や「同居している子供」が
主介護人だと 話し合いもない状況で 暗黙に決めれられる

時々 様子をみにきた他の子供は 
「もっと しっかり 介護してくれ」って

家族の形によって 家族の歴史によって
その課題はそれぞれである

家族や親せきは 確かに話し相手になることもあるだろう
しかし 家族や親せきは
せんかくだから「アドバイス」してやろう
特に 自分よりも若い人
自分も介護を経験している人は
「自分の体験談」を 押し付けてしまう・・・

話をきいてあげて よかれとおもってする「アドバイス」は
励ますという 思いやりからくるもだと 信じたいが
純粋にそうだと言えないかもしれない

家族や親族は「複雑な」関係なのである

では だれに話すの????

誰にも話してはいけないの??????

そんな辛すぎですよね

介護される側も 介護する人も 介護する人の周囲の人も
だれだって はなしたい 時 あるんじゃない
だれかを 気づつけることなく
自分の 重い荷物を 手放したいと思える場所
それって とても 大切な場所だと

思う


介護している人の 家族会とか お茶のみ会などが
地域でしているケースもあるようだ
その場所に 行くことって 結構ハードルが高い場合もあるな~

そんなとき 電話だと 介護される人が 寝ている時間や
ショートやでディサービスなので 外出しているときなど
短い時間で 離すこともできそうだな

そのような 色々なケースで
「放す」「離す」ことができる 空間や機会を増やしていくことも
2025年 高齢者が4人に1人となる時代を前に
必要な課題ではないかと 感じている日この頃


介護本って 家族むけで・・
心の問題に対してって 少ないよね~
介護される側の心理を理解するってことは
よくあるけどさ・・

って 自分だけでない って 思わせてくれるな~





介護家族を支える電話相談ハンドブック 家族のこころの声を聴く60の相談事例/角田とよ子
¥2,100
Amazon.co.jp


驚く発見!自分って なんだ?(笑)

いや いまさらですが。。。。自分って なんだろう?

どんな風に思われているんだろう?

どんな人間って 周囲の人は思っているのか 記憶しているのか?

昔昔?
ほとんど、遊んだこともない人や 口をきいたこともない人が
私に 「お前のこと嫌い」だって
面と向かって言われたことを 思い出した
冗談でいっているのかわからないから
シャッターおろして無反応になった

そうすると 怒った表情になり
さらに 周囲から孤立した

自分は、どんな人なのか?

家族の介護
シングルで 自宅で母との二人暮らし
不安なことばかりであるが
周囲の人たちが 助けてくれるので
なんとか安全な空間で生きているのだと思いたい

でも・・・孤独であり 愚痴を言いたくなることもある

・・・でも 言える相手がいない
親戚や兄姉がいても 愚痴を聞いてくれる相手ではなく
私に様々な「命令」をしてくる

この「孤独の原因は介護からくるものか」
それとも「周囲からの無理解からくるものか」
それとも「自己の内面からか」
「自業自得だといわれているような気分になる」
そうなのかもしれない
それほど、親戚と深い付き合いをしてこなかった
だから かもしれない

笑顔がなかったかもしれない

色々考える 
そして この孤独は 不安を呼び込み 不安は恐れを創り出す
そして その怒りの矛先は 年老いて病気になって 自分のことが
思うようできない 母へ

そして 今日自分のなかの「力」が抜けた
叔母から 母が近頃わがままだと
月に1回 通院で病院に付き合ってもらっているが・・・
「わがまま」になったと・・・

手をかけて 何かをしてもらっているわけではない・・・
通院に付き合ってもらっている
ありがたいと思っている
でも・・・「わがまま」だって・・・

できることをしない母にイライラすることはある
でも「できる」と思っているのは
できると信じているのは 私であって
母は、できないのかもしれない
できるかもしれないけど すぐはできないのである
・・・それは 病気だから
以前 ヘルパーさんからも「わがままになりましたね」って
言われたことがある
ヘルパーさんって それを家族にいっていいのかな?
母は、そのヘルパーさんだけに 「怒り」の表現をしていた
だから「交替」して頂いた


で・・・・色々考えていた
・・・
母が 震災から1か月後 体が動かなくなって 救急車で運ばれた日
自宅に 入院の支度をしに戻っていた時
一番下の叔母がきて 私にいった
「あなたの口のきき方が悪い」って
これから、周囲の人に 親戚に色々お願いするのだから
注意しろという内容だったと思う
確かに、震災から2週間ぐらいで 父と母が 風邪になり
父は「肺炎」になっていた
当時は別に生活していて 実家にやっとこれた時
二人は「ぐったり」していた・・
そう・・・高齢の二人で 一人は認知症
既往症をもった 両親に 震災はとても大きなストレス要因であった

私に「口のきき方が悪い」と 言った叔母は
介護の仕事をしており、老人に関し専門だ
それでも、父や母の変化にきづくこともなく
病院につれていってはどうか?という アドバイスもなかった
近頃 母が 認知症ではないかと そういうだけだった
母はその時 すでに 「ヨチヨチ歩きだった」
見る人がみたら パーキンソン症候群である・・・

専門であり、多くの老人の介護をしていた人なら
そのようなことは きづくのではないか
そして そのような施設にいたのであれば
「家族」がどのような気持ちで 入院の準備をしているか
「気遣い」できるのではないか・・・
確かに
私は、肺炎になるぐらいひどい状況の父や母に対し
「病院に連れて行ってくれない叔母に対し、いらだちをぶつけた」
ガソリンがなくなって、行列になっている時期に
病院へ連れて行こうとした私に、ガソリンあんだ・・・って
言われた
だから、なくても 「病人を病院に連れて行かなければと」と
少し、低い声で答えていた・・・怒りだった

叔母は、傷ついたのだろう・・・
そして その事を聞いた 一番下の叔母の
私への発言になるのだろう

叔母は こんなときだから あなたに こんなことをいう人はいないから
だから いう! あなたの為だと・・・

私は、激情して、暴言をさらに重ねた

次の日 姉から注意された 叔母さんたちに なって口にきき方をするのだと・・・

震災後、近所にいながらも 両親の様子をみることもなかった
そんな 姉からの言葉は 哀しさを孤独を膨らませた

母が入院し 認知症の父の世話を 誰がするのか・・
口を出した人が 結局面倒をみるぐらいなら・・・
だれも 何も言わなかった
口では 手伝いますという叔母たちは
結局、1回だけ とりあえず やってあげた証拠のために
実家に来ていた・・・

ふ・・・・ふと 色々と思い出した

今も あれから 孤独が続いている・・・

で・・・・ふと 思った

哀しい記憶 怒りの記憶を 何度も 引っ張り出しては
思いだし そして泣くのは やめよう

だって・・・生きている時間は 限りあるのだからと

で・・・・ふと 思った

なんで 私だけって
なんで 私だけ 無視されているような
社会から取り残されているような不安に つぶされようとしている

で・・・・なぜ そんな思いに支配されるのだろうと・・・

で・・・・ 私は

以前の母・・・若い時の母 元気な時の母
そして 同じ年代で 元気に活動している母の同年代の人たちと
比較しては もっと 頑張れ! もっと しっかりして!
私の知っている 母 は
家族のことを 誰よりも心配し そして 家族中心に生きてきた人だということ

だから 私たちはこれまで自分たちが好きな事をしてこれたのだと

今、目の前にいる 「母」 に対し
なんで そんなに 「弱弱しいの」なんで
元気に笑顔で 家族を思いやる気持ちがないの?
そう・・不満でそして 哀しくて 現実を受け入れることができなくて

今まできたのかもしれない と

頭では理解していることが
現実では その姿に 怒りを覚えるという 矛盾に
苛立ち、周囲への無理解に反感をもち
さらに 自らの孤独を作り上げているのかもしれないと・・・・

ふううううう・・・・・

そうなんだよね 

自宅へ帰る私を、玄関先で見送っていた母の姿
段取りよく 食事をつくり 常に掃除してキレイな空間を作っていた母
何よりも 父のことが大切で 父のため 子どものために
色々なことを我慢していた母が
私の「母」であり 目の前の母は 別人であった・・・
別人の母に それでも 母の威厳を持ち続けて欲しいという
娘のわがままであったのだろう・・・

そうだな・・・
認めよう 

色々な経験を重ねた 今の母を その姿に向き合おう

他の人と比べる事ではなく
目の前にいる 自分の実母と
一緒にいる時間は どんなに頑張っても
努力しても 無期限にならない
限られているのだ 

だからといって・・・
ひとりで抱え込む?ってことではない

抱え込まない そして 周囲の人に手伝ってもらう

できるかどうか わからい

でも 負けたくない

なんだか 悔しいって 感じるから

いい人になりたいとか いい娘だね って 言われたいわけではない
ただ・・
これまでの私の生き方の積み重ねに 今があるのなら
その 課題に対し 負けたくない そう思うだけだ

 
夜寝れない・・・
夜寝てない・・・・

パーキンソン病と診断された病院に入院していた時は
あれだけ、昼も夜も眠れたのに・・・
お昼も夜も寝れない・・・(泣)

母が、またまた、私の出がけに
訴えるのですよ・・・

自分の歯医者の予約時間まで あと5分・・・
またか・・・と

で。。。寝れないってことは パーキンソンでは
レム睡眠障害などもあるので、いいんじゃないかと
実際、寝てるし・・て いうと
「寝たふりしている」
いや いびきかいてるけど・・・て いうと
「いや、意識ある」と

確かに、夜に起きる日と起きない日があるが
前日は、12時過ぎてから 2回ぐらい起きていたかと思う・・
頻尿?

で・・・帰宅してから ゆっくりと 薬の副作用を確認

 水疱のお薬で
「ブレドニン錠 現在5錠」 はじめは6錠から 1錠減
で・・・副作用に「不眠」と
はじめは確か、足のふくらはぎに「湿布」貼っていたこともある
と思いだすと
「筋肉痛」「関節痛」と・・・

従妹に ステロイドの話をすると
顏が丸くなるのは 薬を飲み始めてから だいぶ経ってからなるよと・・・

となると・・・
これまでの、パーキンソン症の薬の増減がここ数か月ないので
やはり、皮膚科の薬の影響か・・・

で・・ここ数日は、便秘に悩まされているようだ・・・
パーキンソンでは便秘は困る・・・なので、下剤がでているのだが
これが 1日3錠では効き目が悪いのか・・・

訪問看護師さんから、夜にさらに1錠追加してはどうだろうと
アドバイスを頂き、明日から試すことに

これは、「プレドニン錠」の副作用ではなく
「アルファロールカプセル」の影響か?
これは、ステロイド飲むを骨粗鬆症になるということで
出されている

以前から、骨粗鬆症の薬は服用していたのだが、
歯医者から抜歯ができないので、他の骨粗鬆症の薬にするように
言われていたので、その旨伝え、今回出してもらっている
これが 1日4錠
多いのか?少ないのか?
これの副作用が「便秘」さらに「下痢」「結膜充血」などがあるようだ・・

訪問看護師さんが、薬の説明書を前回コピーするといって
持ち帰っている

看護師さんたちも、色々が患者さんのケースがあるから
担当医と連絡をとりながら 在宅での介護や看護が
継続できるように バックアップしてくれていることに
感謝である。

今日は、午後から父の病院にも行き
看護師さんや介護師の方々が
日常の変化を教えてくれる
寝たきりになっても、なんとか頑張ってくれているのは
私たちに対してというよりは、日常ケアしてくれる
病院の関係者のためになのかもしれないと思った。。。。

多くの方々に、支えて頂き
多くの専門領域の方々が日々
新しい知識や技術を習得し
患者である両親に対して ベストなケアをしてくれることに
本当にありがとがたいとおもう。

「介護」で 家族がバラバラである状況下で
このようなスタッフの方が居なかったら
私は、今以上にのた打ち回っている事だろう

来月は父の誕生日
そして、兄や甥たちの誕生日でもある
父に、誕生会しようといったら
「うん」とうなずいてくれた

絶食し、点滴薬のみでの毎日だが
おかげさまで 今日も 笑顔がある父だった・・・

あ・・・テーマ 母の薬だった・・(笑)

で・・・今、母がトイレに起きていった
足を引きづりながら、
今日も、二人が元気であることを感謝


介護者のための病気と薬がわかる本―高齢者がかかりやすい疾患、よく使われる薬と副作用/いらはら診療所
¥1,890
Amazon.co.jp
お盆あけで、父の見舞い・

同室のお見舞いの家族の方から
「娘さんがくると 安心なんでしょうね
 大きな声がでなくなっている・・・」
と。。。
 大声で、またご迷惑をかけていたという事ですかね(泣)

大きな声?

 そう。。先週までは、「なにこの~」という
罵声だったのですが

 今回は
 体全体から、絞り出すがごとくの「あ~」「あ~」「う~」という
 のどの奥から 長く強く続いて でる「声」

 体の自由がきかない 思う事も伝えることができなくった父の
 「声」

 手を握っていたら
 その手を「ぎゅーっと」力強く何度も何度も握る力強い父の手

 父の手をこれだけ 長く握っていることなどこれまであっただろうか

 父の手を握る?

 我が家では、父はとても 腕の力が強いので
 親戚が集まると、腕相撲大会が行われていた
 決まって「父が一人勝ち」、でも、腕相撲も男性たちが
 盛りあがっているから 娘が父と手をつなぐなどなかったように思う

 認知症が進んで、一人で歩くとき
 母が手をつないでいた
 手をつないで、二人で歩いていたのだが
 その姿も 2年前のことである


 で・・・・手を握る
 父のまだ、「生きたい」という思いなのか
 「これが今のすべてで もう力などない」という
 そうそろいいか?という父の思いなのか

 手を握りしめながら 天井を見ては、こちらに
 何かをいいたそうにしている父

 父の言葉を 聞き取ることができなずに
 適当に「そうだね」って言っている自分
 辛うじて 電話してこい?
 って いう事を言われ 電話したよと

 ふと・・・実家に帰るとき、電車乗る前に
 実家の最寄駅に 何時に着くから迎えに来て
 とか 何時の電車に乗るから 駅まで送ってね

 そんな やりとりを 思い出した

 父に、電車に乗るから、送って行ってね
 と 枕元で言うと
 表情を変えず「うん」とうなずいた

 体を震わせ、手に力をいれて、声をだす父の声

 在宅で、ずーっと この声が響いていたら
 私は、鬱々とした気分になるのではないかと・・・
 言葉を話してほしいという気持ちと
 どこともなく、重量感のある声が 1日家の中で響いていたら
 計り知れない恐怖ではないかと・・・・

 してあげたいと思う気持ちと
 病院にいる 父に 申し訳ないと思う気持ちと
 自分の事を守ろうとしている思い

 どうしようもない感情は、言葉などにできない・・・

 私も、感情が整理できないとき 「呻き」だったり
 声を押し殺している

 「あ・・・・」だったり 「う・・・・・」だったり

 言葉として 表現できない 音・・・・

 赤ちゃんは 「泣く」ということで
 感情表現できるのならば
 高齢者は「呻く」ということで
 感情表現しているのだろうか・・・・・

「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか/石飛 幸三
¥1,470
Amazon.co.jp