
此処で「事故」が起こった。
終演後、シンガーからのファイルとメッセージカードの手渡し会。
しかし、そこは狭いロビー。
沢山の備品もある。
そして、
「ファイルとメッセージカードを貰う人達」
「その人達を待つ人達」
「(単に)シンガーを見る、写メを撮る、声を掛ける、人達」
そして、「帰途を急ぐ人達」
人が入り乱れ、渦を作った。
そして、これを「安全に事を進めようとした」スタッフ達。
しかし、主催者、会場を仕切る人間の想像は貧困すぎた。
また、あのイベントを計画した、強行した人間の無能は極めた。
当然のごとく、事故が起こった。
人が転けた。
写メを撮る人でもなく、
シンガーに声を掛ける人ではなく、
単に椅子に腰を掛け、機を待って帰ろうとした人間だった。
その人を強引に「後ろに下がれ!」「前から出ろ!」。
「館内の備品」か?
「そこにいた人達」か?
そんなこと、わからない。
転けて痛みを受けたことしかわからない。
「何か」が「凶器」となった。
「骨折」「将棋倒し」・・・。
最悪のシナリオは作られなかった。
ケガを負った者の敏捷性と、平原綾香さんに迷惑を掛けたくない、と言う咄嗟の判断だった、そうだ。
しかし、キズは残る。傷跡も残る。
それぐらいの衝撃だった。
ケガを負った人間は俊敏にアドレナリンが出たのかもしれない。
立ち上がったが、
「兎に角、座らせて!」。
やっとの事で、立ちあがる。
腕を取って、肩を貸して歩かせる。
私は、
会場のイベントスタッフらしき制服を着た人達に現状を伝える。
勿論、会場の女性スタッフにも伝える。
いつもなら、コンサートの余韻を楽しみながら最寄りの駅まで歩く。
無理。
無言のタクシーでの帰宅。
流れる血。
めくれ上がった皮膚。
真っ赤になった腕に付いた筋。
どうしたら良いのだろう。
「救急で病院へ言った方が良い!」
「いいえ、それはできないよ。明日、会社。」
応急措置。
ケガをした者は
次の日は会社の大事な会議があるから、出社する、と言う。
事故が起こった次の日に、
会場、
イベントを行った会社へ
連絡を取る。
命ある人達を誘導したのは、
単なるアルバイト。
イベント担当者は何も報告していない。
イベント責任者と名乗る者は、「どのように、そんなことが起こったのですか?」なんて、戯けた事を言ってくる。感情はない。事実確認だけだ。こちらが詰問される。事情聴取だ。感情が逆なでられる。此方は被害者だ。
「スタッフさんから、何も聞いていないんですか?どのように聞いているのですか?その場に居なかったのですか?」と私。
「聞いていますが、事実を確認したい。」とスタッフ責任者。冷静すぎる冷たい声。
勿論、「excuse」ない。
「じゃ、貴方が私の立場なら、黙っているんですか?」と私。
「状況によります。」と責任者。
「もし、貴方の大事な人がこんなことになっても黙っているのですか?」と私
「状況によります。」とイベント責任者。
キミはなんなんだ?
私は「人間の心」を考えざるを得なかった。
「イベント責任者」と言う「危機管理」はキミは持ち合わせていないのか?
「主催者と客の立場がわかりますか?」と私。
「コンビニへ行って物を買ったら、販売者さんが有難うございましたって言うでしょ?」って噛み砕いて説明しても理解できなかった。
「...(無言)」evenと思っているらしい。若しくはわからないらしい。若しくは保身か?こちらの落ち度にしたいのか?
「では、此方は別の形で、考えさせて戴きます。」と言っても、意味が通らなかった。姓名さえ、名乗らなかった。なぜだ?相手の出方次第である。ケガを負った者と私の共通項であった。
ケガをした者は痛みを堪えて出社している。
そして。
時間をおいて、プロモーターから連絡が来た。
「お怪我はいかがですか?」と常識的な言葉が最初に出た。
プロモーターは殆どの成り行きを、聞かされていなかった。
ケガをした状況。
担当者が名前も言わなかったこと。
他の手段を用意していること、等々、、殆どの事。
しかし、
自宅まで来て、謝罪したいと言った。心から詫びている。客を大事に思っている。そう、こちら側が感じた。
ケガをした者は「誠意ある謝罪と現状認識不足」だけを望んだ。向こうの言うグッズなんて要らない。会いたくもない。怪我のショックをプレイバックしたくない。PTSDは作りたくない。
私はコンサートへ誘った責任を心から感じている。
けれど、けれど、
ケガを負った者の器の大きさに、許しを請うために時間を費やすつもりである。
「今後の参考にします。」なんて、イベント担当者が考えること。
簡単に「参考」にする材料にされても、心身にキズは残るのだ。
それが、被害者の本当の心だ。
ちがいますか?