
コンサートの後の怪我事故。
後味が悪すぎる。
これで、良かったのか?
主催者側。
プロモートする人達。
シンガーに場所を提供した会場。
そして、ケガをした本人。
そのコンサートを誘った私。
個人 vs 体勢
無力だな。
怪我のした方の泣寝入り?
なのかもしれないが、
こちらとしては、最大の譲歩。
「また、同じことが起こるんじゃないか?」と言う危惧と不安。
人混みが怖くなってしまった。
PTSD。
道を歩くとき、自転車が怖い。
信号が青になるまで、前に出るのが怖い。
事故は不意にやってくる。
事故は相手があるから、起こる。
双方が注意しなければ、起こる。
けれど、双方の価値観が違うと、
第三者に意見を聴くことが必要となってくる。
ケガをした方の譲歩は相手に響かない。ケガをした方は怪我の跡が残る。
開催した会場は、全くもって無関心である。そう、主催者に任せっきりなのだ。そうか、そんなもんなんだ。
「物事とは経験しなければわからない!」は事故が起こってからでは遅すぎる。想像力が事を起こすときには必要となる。
「こんなことをしたら『盛り上がるんじゃ』ないか!」→ならば、何故、盛り上げなければならないのか?→CDを売りたいから→じゃ、本人手渡しのファイル配布。
理屈は余りに程度が低すぎる。
そして、、。
「最近の若い者のやり方は」と言うステレオタイプの答えはケガをした人間には通じない。
そして、、。
「今後の教訓に」とは、そちらの新しく熟考する事で、そ、ケガをした痛みの薬にはならない。
こうして、私ごときが、ぼやいて?みても、世界が変わるとは思わない。
本当に「不幸中の幸い」は我慢することになった。