今日から何年かぶりに映画鑑賞記を再開する。
1970年代のカンボジア内戦を背景としてニューヨーク・タイムスの記者とカンボジア人通訳者との友情を描いている。
そういうと軽く響いてしまうが、ポル・ポト政権=クメール・ルージュによって200万人が虐殺されたといわれている状況の中に主人公たちはいるので、まさしくいつ殺されても不思議ではない極限状態の中の話なのだ。
3時間近くある非常に長い映画で、物語前半は主人公と記者仲間がフランス大使館で保護されるまで、後半はクメール・ルージュの捕虜となった通訳が強制労働から脱出し主人公と再会するまでを描く。
些細な理由からほぼ気まぐれに繰り返される処刑、特に軍に洗脳された少年少女兵士が無慈悲に処刑を命令するシーンは絶対に体験したくない。一言も理解できない兵士のカンボジア語が字幕なしで性急に迫ってくるのも恐怖だ。
ロシアのウクライナ侵略の例を出すまでもないが、こんな悲劇が世界でその後も何度も繰り返されている。戦争のない社会を強く希求する気持ちと、それを止められない無力さ空しさが交錯する。
