さて、その後、どうなったかというと。

 

ついに、二人の子どもが、「東京に戻ってこい」と説得しました。

そして今、その夫婦は、元いた町に再び戻り、住んでいるそうです。

 

けれど、私たちからすると、最初から結末が分かっていたことのように見えました。

どう考えても、毎日デパートに出掛けるその方と、「山」が繋がりませんでした。

 

さらにもう一つ、私たちが聞いて、「それは決定的にまずい」と思ったことがあります。

その方が移り住んだ県は、その方の夫の出身地でした。

夫は長男でしたが、大学から東京に出ていたため、

ご両親のそばに住み、最期まで看たのは弟夫婦だったそうです。

 

ところが、いざご両親が亡くなり、相続の話になった時、

この長男がほぼすべてを受け取った上に、

先祖から代々受け継がれていたその土地を売り払い、県内の別の場所に新たに

土地を買って家を建築した、ということだったそうです。

そして、弟夫婦とは絶縁状態となったそうです。

 

聞いていると、よくもまぁそれだけのことができたものだ、と思いました。

ここから先は私の想像にすぎませんが、

弟夫婦のみならず、夫のご先祖様はおそらく、

このことをよく思っているはずがないだろう、と私は思いました。

だから祟りがある、というよりも、守護が届きにくくなってしまったのでは、と思います。

 

また、購入した土地というのも、おそらく人間が住むべきところではなかったのでしょう。

引っ越してからの夫婦の病みっぷりは、ただ事ではないように感じました。

土地購入の話が中々進まなかったのも、この方を守護する存在が

引き留めようとしていたのではないかと想像します。

 

でも、本人の意思が結局は尊重されるのがこの世の理?ですから…

このようなことになってしまったのではないか、と思いました。

 

ずいぶん高い代償を払ったものだね…私の家族はそう言いました。

 

物事がスムーズに行かない時…それはきっとどこかで、

聖なる存在たちが、その人を守るべく、「そっちじゃないよ」と

言ってくれているのかもしれないな、と思う一件でした。

「スムーズに進む時は、見えない存在からの後押しがある」

そんなようなことを書いているうちに、ふと思い出したことがあります。

私が昔住んでいた東京の近所の方の話です。

 

その方は、ずっと前から、とある県に移住したい、と常日頃言っていました。

大きなビルに囲まれた町で、毎日デパートに出掛けるのが好きな人なのですが、

「山を見て暮らしたい」と、まるで夢見る少女のように口説いていたそうです。

 

その方が数年間ずっと口説いている間、私たちは、思いもしないきっかけから、

ほんの1ヶ月ほどで今住んでいるところへ移住が決まり、

あれよあれよといううちに話が進み、半年後には引っ越していました。

 

さて、その方はどうなったかというと。

私たちが引っ越しを済ませた数年後、ようやく夢を叶え、

山のふもとの広大な土地に家を建てたそうです。

 

ところが…

 

次々と、その方に不幸が襲い掛かります。

町内会に入るのを断ったせいもあるのか、地域に溶け込むことなく孤立し、

一番最寄りのスーパーは「小さすぎてろくなものがない」ため満足できず、

運転ができないのに車がなければ一歩も出られない生活に付いて行けず、

不満ばかりが口に出て...ついに、その方の「わがまま」に耐えかねた夫が、

その方に手を挙げたのでした。近所の診療所の医者は、見抜いていました。

 

あんた、すぐにでも元いた町に戻った方がいい。

 

けれど、その方はまだそこに居続けようとしました。

そして、ろくなものを食べないせいか、肺炎にかかってしまいます。

また夫も、東京の病院まで通わなくてはならないような病にかかってしまいました。

 

続きます。


 

 

やりがいを見失うこともしばしば…

 

と、前回はお仕事の話をしました。

かといって、やみくもに辞めよう、とは思っていません。

 

私にはまだ、したいこと(すべきこと?)があります。

 

この仕事を始めてからずっと、心に思っていたこと。

いつかは実現したい、そう思い続けていた夢です。

今年はそれを、成し遂げようと思っています。

 

これにも少し長い話がありまして。

この夢を実現すべく、今のような激務が始まる少し前、

私はある「切符」を手にしました。

 

ところが、多忙のため、その「切符」を使う時間がありませんでした。

そうこうしている間に、その「切符」はもう期限切れで、

使うことは出来ないだろうと、自ら捨てようとし、手続きをしに行きました。

 

そうしたら、その手続きをする方が、

「まだこの切符は使えるはずです。もったいないです。

もう、どうしても使えない、となってからの決断でもよろしいのではないでしょうか?」

とおっしゃったのです。

 

そうか、まだ使えるのか?

 

一瞬、心が弾みました。

けれど同時に、心身共に疲労がたまっていた私には、希望の光から目を背け、

全て投げ出してしまいたい、そんな迷いもありました。

 

しかし、視る人曰く、「疲れ切り、辞めてしまいたいという気持ちも分かります。

それでもあえて、切符を使うことを勧めたいのです」と、

守護して下さっている方が仰っているという。

 

迷っているうちに、切符の目的地にいる人から連絡が入りました。

君はいつ、その切符を使って我々の所へ来るのかい?

私は、近々、ここを離れようと思っているのだが、構わないかい?

 

ああ、これを逃したら、この切符はもう本当に使えない。

最後の最後のチャンスなんだ。

 

迷いは消えました。

 

さて、その切符を使うには、まるで泥沼のような職場から

いったん足を抜かねばなりません。

しかし意外にも、その足はあっさりと抜けました。

 

切符を使う、と心がセットされ、それに向かって動き出すと、

あれよあれよといろんなことが整いました。

 

スムーズに事が進む。

そんな時は必ずと言っていいほど、目に見えない存在からの導きがある…

そういうことなのかもしれません。

こうなったら、感謝しつつ、やれるだけのことをやる。

天から与えられたギフトだと思い、ありがたく切符を使わせて頂こう!

 

というわけで、今年は夢を実現すべく、行動しようと思っているのです。