【連載第11回】渋谷ヨガの8年 | chamaのヨガのブログ★ちゃまぐ

【連載第11回】渋谷ヨガの8年

東北大震災から、今日で5ヶ月。いまも大変な状態でらっしゃるたくさんの方々、大切な人と離ればなれとなってしまった方々、お亡くなりになった多くの方々、お祈りいたします。

東北で行うヨガと音楽のイベントに関しましては、『Yoga And Music TOHOKU(略称YAM TOHOKU)』として、10/15(土)16(日)に行うこととなりました。もう一息まとめた上で、正式に告知いたします。おしかりの向きもあるかと存じますが、誠実さをもって、このイベントに一同取り組んでおります。ご理解いただけますと、幸いです。


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さいきんまた流行りのニーチェに言わせたらありえんかもしれんが、いわゆる客観的にみたら「40半ばのヨガおじさんの昔自慢話」だろうこの渋谷ヨガ連載も、8月の日付と連動するカタチで進めて今回で第11回。趣味と実益を兼ねて、進めます。

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「ヨガの場所」って、なんなんだ?


「ヨガの場所」に、できることって?


オンラインで、イベントで、リアルな場所で、
その役割は、同じなの?どう違うの?

僕にとっての「ヨガの場所」とは?

ずっと考えてきた。





エリートでも順風満帆でもないけれど、それなりに普通に生活をしていた30代の半ばに、親父が倒れた。9月11日、そう、あのテロがあった日の夜。



その半年ほど前、僕は勤めていた仕事場をクビになった。少し蓄えがあったから、友達に誘われたから、カンボジアを中心に3ヶ月、ボランティアの旅に出ることにした。(そのへんのことはこの日の記事にも書いてます

その旅が終わって、日本に帰って、なんやかんやでその旅で知り合った宮田さんを僕が誘って、青山の骨董通りを拠点に中国茶のビジネスをはじめることになった。ちなみに宮田さんは、僕にアシュタンガヨガを最初に教えた人だ。


そのお茶屋の準備が一段落したころ、当時三宿で『地球屋』という箱を経営していた四国出身の知人が、故郷でフェスして錦を飾るというので、青春18きっぷをさらにネットで安くかって、四国に向かった。そのあと、別の友達に合いに大阪に寄った。


アメリカ村の近くから友人に電話をすると「アメリカがたいへんなことになっている」という。右手で携帯の文字ニュースをサーチしながら、急いで安宿に戻ってテレビをつけると、たしかに大変なことになっている。


いろんな友達から電話や携帯メールがくる。僕は電話で話すのは好きではないが、このときばかりはたくさん話した。しまいには母親からもかかってくる。でも内容は違った。「親父が倒れた。」と。


その足で、親父のいる病院に向かった。破天荒だけど繊細な人だったからか、生活スタイルは一般的ではなかった。食べることが好きだったからか、あまり運動も好きなタイプでもなかったからか、まぁ太っていて、糖尿病→狭心症→心筋梗塞、というパターンで倒れた。危険な状態だという。「どうしようもない時には生命維持装置をはずしてもよいですね?」という書類にサインをさせられる。

プラス、血液中の白血球の量がはんぱなく低くなる症状も併発していて、ずっと血液を入れ替えておく必要があるという。そのための機械は、順天堂病院にしかないという。入院できる部屋は、1日10万円の、広い部屋しか空いていないと。保険は基本効かない。うちにも僕にもそんな財産があるわけではないが、選択肢もない。

その後、親父が部屋から逃げてしまうので(ベッドシーツの下にセンサーもつけたのだけど(^^;)病院に頼まれて、僕も親父と一緒に病院で寝泊まりすることになった。比較的、重い病状の患者さんが多い病棟だった。いろんな声が、あちらこちらから聞こえる。チューブだらけになった親父は、毎日何回かは僕に「お前が俺を殺してくれないか」と言う。1週間たち、1ヶ月たち、次第に「事件」は「リアル」に変わり、僕は、だんだん追い込まれていった。

そんなころ、僕はまた『アシュタンガヨガ』と再会して、はじめて『ヨガのコミュニティ』に出逢った。救われた気がして、たぶん本当に救われた。


つづく


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