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楽健法は、まず筋肉をゆるめることから



今日は、宥厳先生から教わった

楽健法の大切な「順番」のお話です。


楽健法で足の付け根などをゆるめておくと、

背骨は自然と入りやすくなってきます。


まず、筋肉がゆるんでいないと

背骨のズレは治りません。

逆に言えば、筋肉さえゆるんでいれば、

背骨は勝手に元の位置に戻っていくのです。


だから大切なのは、

「まず筋肉をゆるめること」。


背骨をゆるめたら筋肉もゆるむのかというと、

実はそうではありません。

筋肉が硬いまま、背骨だけを無理に矯正しても、

すぐにまた元に戻ってしまいます。


治療には、物事の順番があります。


筋肉は、硬くなっているものを

ゆるめてあげればいいのですが、

そもそも、なぜ筋肉は硬くなるのか。


その原因は、

楽健法だけの問題ではなく、

多くの場合、食生活にあります。


動物性たんぱくを摂りすぎたり、

甘いものを食べすぎたりすると、

身体は冷えやすくなり、

筋肉は硬くなっていきます。


楽健法は、そういう意味では

病気を比較的早く整えることができます。

だからこそ、

楽健法の欠点は

「病気が治りすぎること」(笑)。


せっかく病気になったのに、

さっと整ってしまうと、

本当に大切なことに気づかないまま

終わってしまうこともあります。


せっかく身体が教えてくれたサインだからこそ、

病気から学んでもらう。


そんな気持ちを忘れずに、

手加減しながら、

やさしく楽健法をしてあげたいですね。



※本文中の「治療」「治る」という表現は、

宥厳先生のお話からの引用・文脈によるものです。


創始者・山内宥厳先生からのお話 — 楽健法と、足が考えるということ —



— 楽健法と、足が考えるということ —お経だとか、「おん とん ばざら こく」という息災のマントラ(真言)。 

息災咒(そくさいしゅ)とも言いますが、そういうものも覚えられて、地蔵経と一緒に楽しみながら行ってもらえたらいいなと思うんです。

 楽健法をするときに、何にもなしで、

 人の体を何も思わずに 

タッタッタッと行っていると、 

どうしても早くなりすぎたり、 

力が入りすぎたりします。

 いろいろ教えてきて分かってくるこは、楽健法をしながら 

「やればいいんだから」という感覚で 

行っている人が結構多い、

ということです。 

 私は、そんなに機械的に 

行っているわけではありません。

 いつも足の裏がものを考えている 

そんな感覚があります。 

 相手の身体から伝わってくる

メッセージを、足を通して感じ取り、

 受け取りながら進めていく。 

 だから、一つひとつの動きが 

自分にとっては意味を持っている。

 機械のようにはならない。 

 でも多くの人は、

 まず機械的になります。 

ものを考えないほど、 

そうなりやすいのかもしれません。

 身体に触れるということ自体は、

 とても善いこと。 

 そこに足が感じ取るものを、

 あるリズムにのせ、

 言葉や真言にのせて行う。 

 それはとても善いことだと 

私は思っています。 

 こうした作法は、ritual(リチュアル・儀式)とも呼ばれます。 

 たとえば「子・丑・寅・卯……」と指を折りながら唱えること。

 無縁の人が見れば、

 何をしているのだろう、 

と思うかもしれません。 

 けれど、それでいいんです。

 高野山で行をするとき、

 本堂に入る際は必ず右足から入ります。逆に入るのはとんでもないことです。

 右か左かなんて、くだらないことのように見えるかもしれない。 

 でも、それを守ろうとする 

こころの在り方が保たれること、

 それが何より大事なんです。 

 楽健法も、同じだと思っています。

 ただ行うのではなく、 

感じながら、受け取りながら、 

足を通して進めていく。 

 足は、体重をかけるためだけのものではなく、感じ、考え、つなぐもの。 

 —楽健法 創始者山内宥厳⸻ 


 🌿 たるたまとしてこの山内宥厳先生のお話を、私は今も大切な指針として受け取っています。

 私は「踏む」という言葉は使いません。足で触れ、足で感じ、足で受け取る。

 相手の身体から届く微かな変化や 

言葉にならないサインに、 

足を通して耳を澄ますように、 

一つひとつの動きを

 丁寧に重ねています。 

 私自身は、山内宥厳先生のお話に触れるたび、「おん とん ばざら こく」という息災のマントラのリズムを、 

心の中でなぞりながら、足を通して感じることがあります。 

 たるたま足玉では、 

この在り方を土台に、 

呼吸、リズム、 

そして静けさを足にのせていきます。 

 何かを起こそうとせず、

 導こうともせず、

 その人の身体が本来の流れへ戻ろうとするのを邪魔しないこと。

 足が感じ、足が考え、

 足が紡いでいく。

 その感覚を、 

今の私なりの形として 水晶と共に

「たるたま」に 

そっと込めて続けています。

護身法について

楽健法を始めるときに

必ず行うのが護身法です

口伝で伝わっているものなで

詳しいことはお会いした時

簡単に説明すると

十二支を唱えるんです

今日は宥厳先生に説明をお願いした

時のお話を書きたいと思います。




大事なのは、一番大事なのは何かというと、

子丑寅卯という言葉を出しながら、

指をこうやっていく。

それと同時にもっと大事なのは観想を

きちっと抱くということ。

密教で一番大事なのは観想なんですよ。

一番大事なのは観想。

観」は観音さんの「観」に「想」うということ。

難しい方の「想う」ですね。

観想を持つということです。

だから、今自分は宇宙の中心に一人立っている、

というような観想だとか。

今これを子丑卵とやることによって、

子丑寅卯という言葉を発するたびに、

自分の周りが心身ともに浄化されて、

美しく自分の周りが清められていくっていうような、

そういう想いを持ちながらやるんです。

真言密教で私がこうやって勤行の前に

必ず印を結んでますけど、

その時は印を結んでマントラ唱えるだけではなくて、

必ずそれを観想、

きちっと頭の中で、言葉として、反復してね、

習慣的にやってるわけですね。

だから、こういう印を結んだら、

必ず観想を持ちながら印を組んでいるんです。

だから、真言宗ではこれを身口意というんですけど、 三つの行為が一つになって、

それで初めてそれが効果が表れるとされてるわけです。

だから、真言宗ではこれを身口意というんですけど、

三つの行為が一つになって、それで初めてそれが効果が表れるとされてるわけですね。

だから、手をここを二回触ろうがどうでもいい

ことで、やらなくていいとはいいませんよ。

あなたはそうやって丁寧に三回やられたらいいと

思いますけど、勝光といわれてる干支の午に

自分の干支を乗せるという観想を

持ってやってください。

私はいま午に自分が乗って今や天空に飛する。。

チョンリーマ(千里馬)に乗ったんだと思ってやったらいいんです。

チョンリーマってわかりますね?

知らない?

チョンリーマって千里の馬って書くんです。

チョンリーマという言い方はたしか朝鮮語ですね。

まあ、そういう風に強い干支にあやかって

自分は飛躍する

という、そういう観想ですね。

そういう観想をしながら護身法をやって楽健法をいまからやりましょう。

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