映画「あんのこと」…これは河合優美の代表作かも. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



製作年;2024年 製作国:日本 上映時間:113分

 

 

最近話題の河合優美主演の作品.ここ数年観た邦画に多くのクレジットがある.
「女子高生に殺されたい」、「愛なのに」、「ちょっと思い出しただけ」、

「由宇子の天秤」、「サマーフィルムに乗って」、「佐々木、イン、マイマイン」、

「喜劇愛妻物語」、「冬薔薇」、「PLAN75」、「百花」、「線は、僕を描く」、

「ある男」…. その他にいくつか未見の作品も.

その河合優美が主役を演ずる、実話ベースの人間ドラマが本年度累積133本目.
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「SR サイタマノラッパー」「AI崩壊」の入江悠が監督・脚本を手がけ、ある少女の
人生をつづった2020年6月の新聞記事に着想を得て撮りあげた人間ドラマ.

売春や麻薬の常習犯である21歳の香川杏は、ホステスの母親と足の悪い祖母と
3人で暮らしている.子どもの頃から酔った母親に殴られて育った彼女は、小学4年生
から不登校となり、12歳の時に母親の紹介で初めて体を売った.

人情味あふれる刑事・多々羅との出会いをきっかけに更生の道を歩み出した杏は、
多々羅や彼の友人であるジャーナリスト・桐野の助けを借りながら、新たな仕事や
住まいを探し始める.しかし突然のコロナ禍によって3人はすれ違い、それぞれが
孤独と不安に直面していく.

「少女は卒業しない」の河合優実が杏役で主演を務め、杏を救おうとする型破りな
刑事・多々羅を佐藤二朗、正義感と友情に揺れるジャーナリスト・桐野を稲垣吾郎
が演じた.

以上は《映画.COM》から転載.
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名前のクレジットは多く観ているのだが、あまり記憶に残らない演技の人だと思っていた.
印象に残っているのは、「愛なのに」の本屋好きの女子高生、「由宇子の天秤」の
いじめられ子役、「PLAN75」の倍賞千恵子の同情するオペレーター役くらいだろうか.
いずれも暗めの役柄のバイプレーヤーの印象.「サマーフィルムに乗って」は素敵な
溌剌とした女子高生だったか.

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毎日曜の朝の好物番組「ボクらの時代」で、先週は河合優実、見上愛、青木柚の
23歳同い年俳優の仲良しトークであった.これで河合優美に興味をもった.
今朝の7時の時点でTVerの無料配信は終わるので、ここにその河合優美の発言
だけのエッセンスを記しておく.

河合と見上は同じ大学の演技コースと演出コースの同窓生.
河合は高校のダンス部の活動が演劇に繫がっている.
18歳でのデビューがコンプレックスに.もう18歳で活躍する人に…歪んでいた.
自意識が強かった.離れた年子の妹が居る.一人っ子の時代が長かった.
妹をいじめていた.自己チューだった.今は相談されたり良い関係になった.
ひとりミュージカルをするのが息抜き?1時間位歌いまくっている.
バレーのレッスンもあり、ウォーキングもする.
1つのことしか出来ない.器用貧乏.高校時代後輩の女子にもてた.
「かっこいい先輩」.とにかく出しゃばりだった.
友達と恋人の境界…信頼を大事にしたい.
演ずる時の、相手とのパワーバランスに気にしている.
「あんのこと」では実在した人物を演じて、その人だけに集中して、
劇全体のバランスは二の次にした.
二人はライバルではないけど、ガッカリはされたくない関係.

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とどのつまりは、不器用だけど演技に一生懸命なのは伝わってきた.
それなら、主役をこなした「あんのこと」を観てみようかと.

さて、本題の本作に関して.実話に基づくドラマということでかなり心が痛む.
2020年の投身事故の事件は良くは知らない.
周囲の刑事やジャーナリストの部分は脚色も多いのだろうが、主人公杏:
河合優美の置かれた状況や行動は事実に基づいているのかもしれない.

虐待を受け、売春を繰り返し、ドラッグに溺れる……そんな壮絶な生活を
強いられていた少女が、光に向かい歩き出す強い意志を描いている.

冒頭からノンストップで畳みかけられるのは、杏が置かれた信じがたい境遇.
虐待、売春、ドラッグ……わずか20歳の彼女の日常と化している地獄が、
容赦なく描かれていく.

中学校には行っていない.ろくに教育を受けておらず、漢字をほとんど読めない.
お金がなかったので、万引きして生活をしていた.
売春を始めたのは12歳、母親の強制だった.
クスリは16歳のときに、ガラの悪い男から勧められた.
母親は杏を「ママ」と呼び、暴行しながら「体売って金作ってこい」と命令する.

そんな状況から、杏は人々の手助けを受け、更生の道を辿っていく.
ここから抜け出したい、新しい自分になりたい、という彼女の覚悟は、
そんな背景を吹き飛ばすほど、さらに凄まじかった.
 

 

杏に救いの手を差し伸べ、自らが主宰する薬物更生者の自助グループへと
誘うベテラン刑事・多々羅:佐藤二郎. 杏にとっては拠り所のような存在となるが、
その信頼関係が揺らぐ、ある秘密を抱えている.人懐っこく親しみやすいが、
どこか得体の知れない闇を抱えた男. 佐藤二朗が、人間の持つ複雑さ、
底知れなさ、矛盾を凝縮したような人物を、絶妙なバランスで演じ上げる.

多々羅が主宰し、杏が身を寄せる自助グループを取材する記者桐野を稲垣吾郎.
ふたりをあたたかく見守り、3人は友情のような絆で結ばれていくが、実は多々羅
の秘密を暴くという思惑を胸に秘めている. 稲垣吾郎がその佇まいで、観客が
感情移入できる観察者としての役割を担い、友情と自らの正義の狭間での
“揺れ”や、それゆえの居心地の悪さをにじませる演技を見せてくれる.

多々羅や桐野の助力で杏は、住む場所も働く場も得ることが出来たように見えたが、
降って湧いたコロナ禍のせいで、働く場介護施設を失ってしまう.このような支援する
制度や組織は存在すれど、そのセーフティネットの脆弱さがコロナ禍によって露呈した
側面は確かに有る.

が、すべてをコロナのせいにするのも少し違う気もするのだ.
都合の悪いことや面倒なことは見て見ぬふりをしてやり過ごすといった傾向のせいで、
想定外の天災に直面して社会的な機能不全を起こし、結果として杏のような弱者が
追い込まれていく…という社会的不全性が見えてきてしょうがない.
 

 

そんな追い込まれた杏が再び狂母・春海:河井青葉と出逢ってしまう….
幼い頃から虐待し、売春を強いるが、杏に依存しきっている母親 春海.
自らの“客”を家に連れ込むこともしばしば.一方で、杏を「ママ」と呼ぶなど、
親子は異様な依存関係にある.

河井青葉が、杏をとことん追いつめ、疲弊させていく春海役を、憑依状態の
ような激しさで演じてみせる. 観客が同情する余地を全く与えず、どこまでも
憎しみを増幅させる狂母の演技に息を飲んでしまう.

助けてくれた多々良は警察に拉致され、それを導いた桐野とも疎遠になってしまい、
また一人になった杏に狂母がまた責め立てる…また薬物に手を出してしまう杏.
そして…哀しい結末へ繫がっていく….

エンタメ性はなく、実際にあったものを基にしている作品であるため、ひたすら
重くて、辛い.何も救われない.ただ、作られたことには大いに意味がある.
観終わって感じるのはどんよりした重苦しさだけ.
この作品に対しての思いがいつまでも頭をめぐってしまう.解は無いのだから.

過酷な環境の中で育ちながらも、小さな希望の光の元で笑顔で過ごす時もあった
と思いたい.絶望と希望の間で生きた杏と言う若き女性が確かにいたことを
忘れまいと思ってしまう.

一つの新聞記事から、素晴らしく、重い人間ドラマが完成した.必見と思う.