映画「パスト・ライブス 再会」…上質なすれ違いのメロドラマ | チャコティの副長日誌

チャコティの副長日誌

主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:Past Lives 製作年:2023年
製作国:アメリカ・韓国合作 上映時間:106分



予告で気にはなっていたが、2番館待ちにしていた作品.
柏キネマ旬報シアターにやって来たので、さっそく観賞してみた.
本年度累積127本目は米韓合作のラブスートリー.
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海外移住のため離れ離れになった幼なじみの2人が、24年の時を経て
ニューヨークで再会する7日間を描いた、アメリカ・韓国合作の大人の
ラブストーリー.

韓国・ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンは、互いに恋心を
抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう.

12年後、24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を
歩んでいた2人は、オンラインで再会を果たすが、互いを思い合って
いながらも再びすれ違ってしまう.

そして12年後の36歳、ノラは作家のアーサーと結婚していた.
ヘソンはそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れ、
2人はやっとめぐり合うのだが…….

これが長編映画監督デビュー作となるセリーヌ・ソンが、12歳のときに
家族とともに海外へ移住した自身の体験をもとにオリジナル脚本を執筆し、
メガホンをとった.
ノラ役はNetflixのドラマシリーズ「ロシアン・ドール 謎のタイムループ」や
声優として参加した「スパイダーマン スパイダーバース」などで知られる
グレタ・リー.ヘソン役は「LETO レト」「めまい 窓越しの想い」のユ・テオ.

2023年・第73回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門出品.
第96回アカデミー賞では作品賞、脚本賞にノミネートされた.

以上は《映画.COM》から転載.
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物語は、ナヨン:グレタ・リーとヘソン:ユ・テオが12歳の時から始まる.
二人はお互いに好きになるが、ナヨンの父の仕事の関係でカナダの
トロントに移住してしまう.そして、ナヨンは名前をノラと変える.

自身のアメリカンネームを名付けた彼女は以後、自分のアイデンティティ
をノラとして生きていく.考え方も生き方もアメリカに生きる女性として、
彼女は成長していく.

ヘソンは大学に入り、兵役も経験するがナヨン(ノラ)の事が忘れられない.
そして、24歳の時にヘソンはFacebookで、一人ニューヨークで作家と
して生計を立てつつあるナヨン(ノラ)を漸く見つけ、ビデオチャットで
12年振りに会話を交わす.

成長いた二人は”面影がある.”と懐かしそうに会話しつつ、ヘソンは
名残惜しそうに、”大学があるから・・.”と席を立つ.一方で、ナヨン(ノラ)が
ソウル行きの便を検索している姿が映し出され、さてソウルで再会かと期待
させられるのだが、何故か二人は相手に会いに行く行動を起こさない.

その後、米国人の作家のアーサー:ジョン・マガロと結婚したナヨン(ノラ).
それを知ったヘソンはナヨン(ノラ)への想いを振り切るために、12年ぶりに
NYへ会いに行く.

つくづく、男は過去を引きずり、女は未来しか見ない…と思い知る
作中では、縁「イニョン」という言葉で愛とは異なる特別な絆が説明される.
儒学思想からだろうか、カルチャーの違いと乗り越えられない何かがありながら、
それとは別に生活のレイヤーがあり、そこにも手放せないものが存在する.

前世、来世…あのときああしていれば・・・こうなっていたかもしれない….
誰しもが抱く思いではある.それをそっと心の中にしまって、一度しかない人生を、
今を生きるか、しまえずに囚われ続けるか、恋愛感情は理屈で整理できるもの
ではないけれど、ヘソンは叶わなかった恋に囚われて居るように見える.

ソン監督の半生をベースにした本作は、韓国生まれで現在はNYで暮らすノラの
アイデンティティを表情豊かに映し出す.おそらく彼女は昔と今の自分は違うと
強く意識しながら生きてきたのだろう.確かに文化や環境はその性格を逞しく
変えた.

だが一方で、ノラにとって初恋相手ヘソンは、封をしていた記憶や感情を
ゆっくりと思い起こさせる存在でもある.二人が辿ってきた人生.
そして今この地で巡り合う縁「イニョン」.

心象を彩るNYの街並みが壮麗なカメラワークによって映し出され、
感情と思考が散りばめられた脚本は一言一言を噛みしめたくなるくらい
洗練されている.極めて上質なすれ違いのメロドラマだ

二人がマディソン・スクエアーパークで24年振りに直接対面するシーン、
ヘソンの”あの時、何故…”と言う後悔と、そんな彼に”自分で選んだ
人生なの”と伝えようとするノラの心も垣間見える.

出会いと別れは静かに進行する.その後二人はNYの観光地をめぐる.
帰宅したノラは夫のアーサーに逐一報告する.
そしていよいよヘソンがソウルへ戻るという前日にノラと夫アーサーと
一緒に食事し時を過ごす.
 

 

このシーンが冒頭に描かれるのだが、東洋人のカップルと白人男性、
その関係性に疑問が湧くのだが、後半のこのシーンでは、全ての事情が
観客にも判り、3人の登場人物が、それぞれの気持ちを思いやって
過ごしている姿が切なくて、愛しくて、本作での感情のピークを迎える.

アーサーの心の懐の深さは驚異的、寝言を韓国語でしか言わない妻を
思いやり、韓国語を勉強し始めたという.ヘソンと初対面時にもきちんと
韓国語で挨拶をしていた.
 

 

創作者の研修合宿所で出逢ったノラとアーサーの結びつきも少し描かれる.
時に喧嘩もしながら、愛情を育んできた様子はかいま見える.なによりも
ノラ自身が選んできた結果の夫婦生活なのが一番重要なこと.

人生とは選択の連続で出来ている.
ヘソンは、「選ばなかった人生」を悔いて人生をやり直そうとしたのではなく、
今の「選べなかった人生」を受け入れ、「あり得たかもしれないもう一つの人生」
を断念するために、ノラに会いに行ったのかと思えた.

ラストシーンはノラが、韓国へ帰るヘソンをウーバーまで送ってから、
家の前で待っていたアーサーに抱き付いて、泣くシーン.
心に染みわたる名シーンだ.