映画「ありふれた教室」…かくも教師は難しく、哀れだ. | チャコティの副長日誌

チャコティの副長日誌

主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:Das Lehrerzimmer 製作年:2022年
製作国:ドイツ 上映時間:99分



予告を観て興味をもった作品.柏キネマ旬報シアターで封切りされた
独作品を本年度累積114本目に観賞.
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ある中学校で発生した小さな事件が予想もつかない方向へと進み、
校内の秩序が崩壊していく様を、ひとりの新任教師の目を通して
描いたサスペンススリラー.
ドイツの新鋭監督イルケル・チャタクの長編4作目.

仕事熱心で正義感の強い若手教師のカーラは、新たに赴任した中学校
で1年生のクラスを受け持ち、同僚や生徒の信頼を得ていく.

ある時、校内で盗難事件が相次ぎ、カーラの教え子が犯人として疑われる.
校長らの強引な調査に反発したカーラは、独自に犯人捜しを開始.
ひそかに職員室の様子を撮影した映像に、ある人物が盗みを働く瞬間が
収められていた.しかし、盗難事件をめぐるカーラや学校側の対応は、
やがて保護者の批判や生徒の反発、同僚教師との対立といった事態を
招いてしまう.
後戻りのできないカーラは、次第に孤立無援の窮地に追い込まれていく.

主演は映画「白いリボン」やテレビシリーズ「THE SWARM ザ・スウォーム」
で活躍するレオニー・ベネシュ.
ドイツのアカデミー賞にあたるドイツ映画賞で作品賞はじめ5部門を受賞.
第96回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされた.

以上は《映画.COM》から転載.
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ドイツの義務教育は9年間.6歳から4年間の初等教育を施す基礎学校
で学んだ後、中等教育へと進む.又は高校まで通える一貫校へ進む.
一貫校を選べない多くの子どもたちは10歳にして選択せねばならない.

舞台は、10歳で進路を選択した15歳までの生徒たちが通う中学校.
主人公は新任教師のカーラ:レオニー・ベネシュ.聡明で快活.
ポーランド系ドイツ人の彼女は、生徒との交流を最優先に精力的に
授業を行っている.
 

 

生徒は多人種混在で個性も豊か、思ったよりも真面目な様子で
いわゆる「学級崩壊」というような状態では決して無い.むしろ問題と
思えるのは学校側の「不寛容方式」に思える.長い間でつちかった
考え方では有るのだろうが、いかにもドイツの学校らしい考え方だ.

その「不寛容」がゆえに校内で多発する盗難事件に業を煮やした
一部の教師たちが生徒を集め、最近お金を持っている子に思い
あたらないかと問い詰めたり、抜き打ちの持ち物検査を強行する.

あるトルコ人の子供が高額の持ち金を所持していたが、それは
親類の子に贈り物を買うために親が持たせたものであった.
そんな生徒への「不寛容」な仕打ちに反感をもつ主人公カーラは
別な方法を思いつき、実行してしまう.

それは、職員室内に財布を入れた上着を残し、PCのカメラで録画
しておくという手段.こともあろうかそのカメラに学校のある事務員の
衣服の一部が映っていた….

自席のノートパソコンのカメラで盗難の現場を押さえたカーラは、
穏便に事を収めようとしたが、その事務員は仮にも職員室で盗撮する
行為が信じられないと猛然と抗議して、カーラの教え子である息子を
引き連れて家へ帰ってしまう.

徐々に問題が大きくなる様がとてもスリリングに描かれていく.
一つひとつの選択が大きく間違っているわけではないが、ボタンの
かけ違いが物事の歪みをどんどん大きくしていく.犯人が誰かという
サスペンスではなく、カーラが追いつめられていくスリラーと化していく.
 

 

確定的な証拠もないまま、疑わしい人物を犯人扱いしてしまったカーラ
や校長の対応は、相手に良心があり、簡単に自白するだろうと妄信した
性善説に基づくもので、「不寛容」を謳う割にはお粗末と感じられる.

閉塞的な教室で声高な噂が暴走を始めるや保護者たちがモンスター
ペアレンツに豹変し、生徒たちもまたモンスターと化す.12、13歳とも
なると、学生たちを動員する術も持っているのだ.本作では学校新聞が
マスゴミと同じ効果を見せる.それにそそのかされ、生徒たちまでも敵に
回してしまうカーラと校長含む教師陣.

生徒たちとカーラの対話においても、カーラがポーランド人である事への
出自をめぐるレイシズムが無意識のバイアスがかかっていると感じた.
もはやカーラの言葉には誰も耳を貸さない.予想だにしない事態に
呑み込まれ、孤立無援の窮地に追い込まれていくカーラを演技する
レオニー・ベネッシュには感心もするし、その役柄に同情さえしてしまう.

挙げ句の果て、容疑者の事務員の息子に証拠のPCを奪われ、河に
投げ込まれてしまう.その事で休学処置を学校から言い渡されても、
その息子は学校に来てしまう.

そんな生徒に最後まで寄り添うとするカーラの姿は印象的であるのだが、
ラストは警官によってその生徒が学校から排除されるシーンで終わる.

原題「Das Lehrerzimmer」は職員室を指す.事件が職員室で起きているから.
邦題「ありふれた教室」は、ドイツが舞台ではあるものの、日本でも同じ
ではないか、という問題提起に取れる.

昔はなりたい職業の上位に学校の先生が入っていた気がする.
今や一部の志ある若者しか目指さない過酷な職業という印象だ.
学級崩壊、コンプライアンスの厳しさ、多大な業務量、そして
モンスターペアレンツへの対応.どれもつらいものであろう.
心を病んでしまう教員が多いのも納得してしまう.

国の根幹を成す教育という大切な現場が、こんな状況であることは
憂うべき事なのであろう.だが何をすれば良くなるのか、解があるとは
思えないのは、ドイツだけではない、日本も同じであろう.