映画「インフィニティ・プール」…エログロなれど印象に残る作品. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:Infinity Pool 製作年:2023年 R18+
製作国:カナダ・クロアチア・ハンガリー合作 上映時間:118分

 



前作「ポゼッサー」を父親の作品と勘違いして観たら仰天の異常性.
蛙の子は蛙であると実感. 名匠デヴィッド・クローネンバーグの
息子ブランドン・クローネンバーグの新作を劇場で鑑賞.
本年度累積84本目はSFテイストも混じったスリラー作品.又もR18+指定.
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「アンチヴァイラル」「ポゼッサー」など独自の世界観を持つ作品でカルト的人気
を集める鬼才ブランドン・クローネンバーグ監督の長編第3作.

スランプ中の作家ジェームズと資産家の娘である妻エムは、高級リゾート地と
して知られる孤島へバカンスにやって来る.ある日、ジェームズの小説のファン
だという女性ガビに話しかけられた彼らは、ガビとその夫と一緒に食事をすることに.

2組の夫婦は意気投合し、観光客は行かないよう警告されていた敷地外へと
ドライブに出かける.実はその国には、観光客は罪を犯しても自分のクローンを
身代わりにすることで罪を逃れることができるという恐ろしいルールが存在しており….

「ノースマン 導かれし復讐者」のアレクサンダー・スカルスガルドが作家ジェームズ、
「X エックス」「Pearl パール」のミア・ゴスがガビを演じ、「タクシー運転手 約束は
海を越えて」「戦場のピアニスト」のトーマス・クレッチマン、「月影の下で」の
クレオパトラ・コールマン、「イヴ・サンローラン」などの作品で監督としても
活躍するジャリル・レスペールが共演.

以上は《映画.COM》から転載.
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原題の「Infinity Pool」とは、淵がなく海と繋がっているように見えるプールのこと.
虚と実、白と黒、悪と正義、正気と狂気…の境界線を指すのだろうか.
そのあっちとこっちを行き来する主人公ジェームズ:アレクサンダー・スカルスガルド
のある夏を描く.

物語の舞台は、架空の島リ・トルカ島.ヨーロッパ南なのかアフリカ大陸なのか、
はたまたアジアの果てなのか分からない作り.ただシーズンが終わると強烈な
雨季が訪れるよう.高級リゾートホテルで働くのは白人と黒人だけで、アジア人種
は見あたらない.

リゾート地域は厳重な境界がしかれ、外の地域への外出は禁止されている.
ホテルの中は観光客のために贅を凝らしている一方で、一歩外に出れば
不衛生な街並みや物乞いがいるらしい.金網の外には有色人種がかいま見える.

発展途上国や物価の安いリゾート地に遊びに行くときに頭の片隅によぎる罪悪感
が存在するのは誰しも多少はあるものであろう.リゾート地でなくても、現在の
先進国の富というのは、間接的に遠く離れた途上国の犠牲の上に成り立っている.

この映画は世界の富の残酷なまでの不公平さを極端につきつけている.
ただ、この島の特異な特徴としては、独自の法律とクローン作成技術.

島の住民に危害を加えたりすると裁判も無しに死刑が言い渡される.
が、金を払えば自身のクローンを作製してくれて、そのクローンを処刑する.
地獄の沙汰も金次第…を地でいく世界が繰り広げられる.

妻と共に孤島の高級リゾートにバカンスで訪れている作家のジェームズは
偶然知り合ったファンだというガビ:ミア・ゴスに誘われて、観光客には禁止
されているリゾートの敷地外のビーチに誘われる.
その帰り道、車を運転していたジェームズは現地の人を轢き殺してしまう.

当然この島では殺人は即死刑という法律なのだが、観光客は大金を払えば
クローンを作成し、クローンに死刑を身代わりしてもらえるという制度をジェームズ
は選択する.ジェームズは妻と一緒に自分のクローンの死刑を見学する….

自分自身のクローンが殺される現場を見てジェームズは、なんとかすかに笑み
を浮かべる.たぶん、それは彼が心の底で望んでいたことだったから.
「完全に共感性を持たない人間」とは、自分自身にすら共感を持たない人間の
こと.そのような人間はあらゆる罪に対して罪悪感を全く持たない、怪物になる.

ガビは作家の売れないコンプレックスに付け込み、クローン処刑を経験する
富裕層仲間に引き込み、ドラッグや愛欲の世界に溺れさせる.
ジェームズはズルズルと堕落の道にひきずられていく.

はじめは過失での殺人、次は強制されての犯罪、そして最後は故意での暴力.
最後には3つもの自分のクローンの骨壺を持っているのには背筋が寒くなる.
 

 

父親のデビッド・クローネンバーグ監督から受け継いだホラー・センスはこの
長編第3作でも健在で、直接的な暴力がもたらす人体破壊のほか、ドラッグの
影響下における幻想的な乱交シーンでのデフォルメされた性器の描写、奇形
を思わせるグロテスクな伝統的マスクなど、至る所に発揮されている.

才能のない作家、妻の収入での食いぶち、妻の財産へのコンプレックスで
しおれまくっているジェームズをアレクサンダー・スカルスガルドが上手く
演ずる.奈落に落ちていく途中で目の輝きを見せるのが上手いと思った.

それを上回るのは、ジェームズを、ダークサイドに堕とすファムファタール:ガビを
演じたミア・ゴスの演技であろう.終始粘着的な気味悪い表情で見つめて来る
姿には気味がわるいを通り越して、快感にも思えてくる.
 

 

ジェームズを車の前を歩かせて、自作小説をクソみそに書かれた書評を
ガビが朗読する場面がとにかくきつい.この女、色っぽいけど本当に意地が
悪くて最悪.やたらと強さを見せろとか勝手なことを言う.ミア・ゴスは楽しんで
演技しているように見える.最強、最悪のファムファタールだ.

殺人を犯してもクローンが身代わりをしてくれる、狂った抜け道が存在する島で
悪びれることなく戯れるセレブたち.一寸先に広がる闇に魅せられ後戻りできなく
なったジェームズ.もはや、そこに主体性という感覚は無い.

ラストシーン、ガビも含めてセレブたちは雨季が迫る島からそれぞれの国へ
帰っていく. ストックホルム行きの帰港便には乗らず、ホテルの薄暗がりの無人
の部屋で土砂降りの中うなだれるジェームズの姿は、精神崩壊した廃人のよう
にも見えるが、どこか心安らいでいるようにも見える.

彼は、インフィニティ・プールの境界が見えない人物で、その行き来というものが
器用にはできない.その世界にもどっぷりと浸かれず、日常に戻っても不毛なのは
わかっているし、おそらくは結婚生活も終わりを告げるであろう.

どこにも行けなくなったジェームズが途方に暮れるシーンで終わる.
グロテスクな作品であるが、印象に強く残る作品.