映画「帰れない山」 (DVD)…人生を山登りにたとえて. | チャコティの副長日誌

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主役になれない人生を送るおじさんの心の日記.
猫と映画、絵画、写真、音楽、そしてF1をこよなく愛する暇人.
しばし副長の心の彷徨にお付き合いを….



原題:Le otto montagne 製作年:2022年
製作国:イタリア・ベルギー・フランス合作 上映時間:147分


作年春の公開時には山岳ものかと敬遠していたが、その実は人生の機微を
描いた青春ドラマであった.本年度累積40本目にDVDで観たのは伊製の作品.
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イタリアの作家パオロ・コニェッティの世界的ベストセラー小説を映画化し、
2022年・第75回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した大人の青春映画.

北イタリア、モンテ・ローザ山麓の小さな村.山を愛する両親と休暇を過ごしに
来た都会育ちの繊細な少年ピエトロは、同じ年の牛飼いの少年ブルーノと出会い、
一緒に大自然の中を駆け巡る中で親交を深めていく.

しかし思春期に突入したピエトロは父に反抗し、家族や山と距離を置いてしまう.
時は流れ、父の悲報を受けて村を訪れたピエトロは、ブルーノと再会を果たす.

「マーティン・エデン」のルカ・マリネッリが主人公ピエトロ、「ザ・プレイス 運命の
交差点」のアレッサンドロ・ボルギが親友ブルーノを演じた.
メガホンをとったのは「ビューティフル・ボーイ」で知られるベルギーの俊英
フェリックス・バン・ヒュルーニンゲンと、「オーバー・ザ・ブルースカイ」などで
脚本も務める俳優のシャルロッテ・ファンデルメールシュ.
実生活で夫婦でもある2人が共同で監督・脚本を務めた.

以上は《映画.COM》から転載.
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原作はもちろん未読.都会育ちの少年、ピエトロが、山を愛する両親と共に
過ごした北イタリアのモンテ・ローザ山麓で出会った牛飼いの少年、ブルーノ
との交流を振り返る形で物語は進む.

2人は同い年で性格もまるで違うが、各々が歩んだ人生には誰もが思い当たる
根本的な生き方の違いが反映されていて、思わず気持ちを動かされる.
人生には大まかに言うと2つの選択肢がある.留まるか、動くか、そのどちらか.

ピエトロが山麓を離れてから世界中の山々を制覇し、作家としての地位も
固めていくのに対して、ブルーノは故郷の山に止まって貧しいながら牧畜業に
専念する決意を固める.
 

 

北イタリアをメインに、大自然の美しさと残酷さ、そして、時の流れに翻弄され、
それでも旧友を思いやる男たちの変わらぬ友情を描いた本作は、果たして自分
の人生はどうだったかと言う問いを我々に投げかけてくる.
でも、後悔したところで時間は戻らない.鑑賞後に残る複雑な余韻は格別なものだ.

二人の若者の友情を基に描いてはいるが、それぞれの父との確執をも描いている.
北イタリアの別荘で知り合った自然児ブルーノに、父親ジョヴァンニをとられた
ジェラシーのような感情をピエトロは抱いたようにも見える.

本作の序盤で亡くなってしまう父親とは一緒に登ったモンテローザの山々の記憶
が残っただけ.死の直前まで仕事に追われていたピエトロの父親、そして出稼ぎに
行ったっきり劇中全く姿を現さないブルーノの父親.

そうなりたくなかった反面教師としての父親の代わりにピエトロとブルーノは、
ジョヴァンニが我が子のように愛した“山”そのものを理想の父親像として
愛するようになったのかもしれない.

それでも亡くなったピエトロの父の遺言に従い、愛されたブルーノはモンテ・
ローザ山麓の廃屋を建て直して、ピエトロとブルーノの共有住居とした.
建て直しの後半は、ピエトロも手伝うことで父への贖罪を担っているように
も見えた.以降この家は二人の関係をつなぎ止める貴重なものとなっていく.
 

 

本作の原題は“Le otto montagne ”.拙い私のイタリア語の知識でも判る.
“8つの山”がその意味.ピエトロが作中でチベットを彷徨いその山々を登って
居た時、地元のシェルパに、世界には8つの山が存在し、その中心に“須弥山”
が存在すると説明されることからに発している.エベレストのことだろうか?

古代インドのジャイナ教や仏教の世界観に基づいたこの思想は、「一番高い山
を目指す者と8つの山を巡る者では、どちらが多くのことを学べると思う?」と
いう問いに繫がってくる.

定職にもつかず作家の真似事のようなことをしているピエトロは“8つの山”を、
山の民が本職だと信じているブルーノは“須弥山”を父性の理想型として、
対照的な生き方を選択する.

しかし山から一歩も出ようとしないブルーノは、あくまでも生活優先の奥さん
と子供に家を出ていかれてしまう.山の生活は家族を養っていけるほど利益を
生まなうのである.それに金銭面にまるで興味をもとうとしないブルーノであった.

さらに自分の殻に閉じ籠るブルーノをピエトロはなんとか救い出そうとするが….、
結局、須弥山を極めようとしたブルーノも、8つの山を探し出そうとしたピエトロも、
目的を果たせないまま“山”から退場させられてしまう.

原題のシンプルさに比し、邦題の“帰れない山”は意味深長だ.
人生における“帰れない山”とは一体なにを意味しているのか?
探しても探しても見つからない人生の“山”.
理想的な生き方なんてそもそもどこにも存在しないのかもしれない.
されどそれを追い求めるのが我々人間の悲しい性(さが)なのかも.

蛇足だが、本作の北イタリアのモンテローザ山麓辺りは1995年頃、
何度も訪れた.フランスから帰国後、イタリアの名門Olivetti社との
合弁事業に従事していたので、北イタリアは何回も訪れていた.

長期出張が多かったので、週末はミラノやベネツィアを良く訪ねたし、
モンテローザ(標高3500m)にも登った.もちろんケーブルカーでだが.





写真は6月だったはずだが、当然頂上はまだ雪だらけ….軽装でえらく
寒い思いをしたのを覚えている.ヨーロッパ・アルプスに連なる高山に
感動したものだった.

その時は、“8つの山”のことなんか、思いもよらなかった…頃だ.
ただただ若かったなぁ…(遠い目つき).

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