ヤスユキブログ -68ページ目

代打ち

その日はジムの仲間2人が試合に出るためセコンドとして会場に向かった。会場に着き、一人はウォームアップを始めていた。
が、もう一人が見当たらない。

しばらくすると、トレーナーが“手を出せ”と言う。
言われた通りにするとなんと僕の拳にバンテージを巻き始めたのだ!

いやいやいや!

慌てて手を引っ込めると、“あいつは今日は体調が悪いから代わりに試合に出ないか”と…

僕はその三日前に試合で判定負けしたばかりでアザが至る所に残っていた。

何よりも心の準備が…(泣)
お気楽モードで来た僕は無理矢理試合モードに切り替えさせられ、リングに上がった。

結果判定負け。
よりによってその時の敵は僕とレベルが違っていた。
パンチ キック 膝 肘 全ての技をまんべんなく決められ完敗だった。倒そうと思えば倒せただろう。
しかし優しいタイ人は実力差のある僕に対して、最後は手を抜いていたような気がした。
僕が万全な状態でも勝てなかっただろう。
試合中のトレーナーのアドバイスは技術的な事ではなく、“耐えろ、あともう少しだ!”というものだった。

試合が終わり、“しょーがないよ”とだけ慰められた。

決して有名な選手ではなかったと思う。
僕は自分の目指そうとしている所がいかに高い場所にあるのかををその時改めて思い知らされた。

パリンヤー

タイ修行三ヶ月目ぐらいの頃、僕はある有名な選手と対戦した。
それがパリンヤーだ。
一時期日本でも話題になったオカマちゃんボクサーだ。
僕も名前は知っていたため驚いた。
もう今はムエタイをやめ完全に女性となりタレント活動をしているらしい。
そんな選手との試合が決まった。

男性時代は強かったと聞いていたため少しビビっていた。
会場に着くとパリンヤーとその仲間達(全員オカマちゃん)がニコニコしながらこちらに手を振っていた。実物で見るパリンヤーは顔は女性ぽかったが、全体的にガッチリしており、まだ昔の姿のなごりがあった。

試合は3Rという約束だった。蹴りやパンチにはキレは感じられなかったが、距離の取り方はうまかった。
しかし、ペースを握られるまでは行かず、結局判定勝ちに終わった。

試合が終わり、着替えようとしているとパリンヤー軍団に囲まれた。みんな親しげに僕にボディタッチを試みてくる。
どうやらタイプだったらしい。
長めの記念撮影を終えるとあるオカマちゃんから紙キレを一枚もらった。
そこにはホテルの名前と部屋番号が書かれていた。

絶対に来てネ と言われたがもちろん行かなかった。

そんな危ない橋は渡らない。というか僕にそっちの趣味はない。

タイのオカマの中には女性より綺麗な人がたくさんいる。男性だと見抜けず間違って付いて行くとエラい目に遭ってしまう。気をつけよう。
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53歳

タイにきて5戦目ぐらいだっただろうか。
その日の相手はなんと53歳の選手だった。
白髪まじりの頭に髭を蓄えたその風貌はどう見ても近所のお父さんにしか見えず、ボクサーとは思えなかった。
僕は悩んだ。
顔を殴るのはやめようかと。
試合で相手に手を抜くことは失礼にあたるのだが、相手は僕の親父と同い年。
どうしても思い切り殴る気にはなれなかった。

1R
僕は取りあえず様子を見ることにした。
お父さんボクサーは笑みを浮かびながら近寄ってくる。
そして踏み込んできた次の瞬間、僕はマットに倒された。ローキック一発で両足を刈られたのだ。その威力は凄まじく一瞬何が起こったのかわからなかった。

僕は自分の甘さを痛感した。
リングに上がるというのは命がけであり、手を抜くなどあってはならないことだと。
スイッチが入った僕は全力でお父さんを倒しにかかった。
3R中盤、足元がフラついてきたお父さんをさらに攻め立てるとレフェリーが割って入りTKO勝ちとなった。

試合後挨拶をしにいくとお父さんの顔は腫れ上がり、申し訳なく思ったが笑って讃えてくれた。
しかしローキックを受けた僕の脚もかなり効いていてしばらく歩けなかった。
今までで受けた中で一番重いローキックだった。

恐るべし53歳。
恐るべしタイランド。
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